滋賀県に栗東トレセンができる以前、関西の厩舎は、阪神と京都、それぞれの競馬場に隣接していました。

 栗東トレセンが完成し、一家で京都から転居したのが1970年。僕が生まれたのは69年なので、京都競馬場で生まれたと言ってもいいようなものです。

 僕にとっては庭のような京都競馬場が、開設100周年を迎える2025年に向けて大幅な改修工事に入り、G1レースを含むすべてのレースが阪神で代替となっていましたが、2年4か月ぶりに、ようやく僕らのもとに帰ってきました。

 完成図を見ながら、細部まで、いろいろ説明は聞いていたし、工事の様子もこの目で見て、頭の中で想像していましたが、完成した京都競馬場は、その想像を超えた、世界に誇れる最高の競馬場になっていました。

 競馬ファンも、この“シン・京都”を心待ちにしていたと思います。グランドオープン初日は、開門前から長い列ができ、第1レースが始まるときには、数多くのファンでスタンドは熱気に包まれていました。

 その記念すべき第1レース、芝2000メートルで行われた3歳未勝利戦で、僕のパートナーを務めたのは、父・ディープインパクト、母・スイープトウショウの、友道康夫厩舎のスイープアワーズです。

 結果は直線で猛追するも、あと一歩届かず3着に終わりましたが、馬は確実に良くなっていたし、何より芝が最高の状態で走れて、うれしく感じました。

 新装京都競馬の1勝目、JRA通算1382個目となる勝利を挙げたのは、9Rあやめ賞。相棒は、西村真幸厩舎のプッシュオンです。スタートはイマイチでしたが、最後の脚は抜群でした。

 驚愕の走りを見せてくれたのは、2日目の6Rダート1800メートルで行われた3歳1勝クラスに出走した、斉藤崇史厩舎のヤマニンウルスです。

 昨年8月のデビュー戦(ダート1700メートル)を圧勝したとはいえ、体もできていないし、フォームも定まっていません。調教では正直、「これで大丈夫なのかな……」と思ったほどでした。

 ところが、です。未完成のまま8か月ぶりのレースに臨み、未完成なままの走りだったにもかかわらず、結果は、後続に6馬身差をつけての圧勝。

 新たなる「砂の怪物」誕生!?

 いや、その言葉では足りないほどの可能性を秘めた馬です。

 勝利ジョッキーインタビューで、史上最強馬の1頭と呼ばれる6戦無敗のアメリカンヒーロー、圧勝の連発で、2着につけた合計着差は驚異の71馬身というフライトラインの名前を挙げ、「和製フライトラインになってほしい」

 と話しましたが、リップサービスではありません。ひょっとすると、ひょっとするかもしれませんよ。京都開催は5月いっぱいまで続きます。ぜひ一度、足を運んでください。

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