人生に役立つ勝負師の作法 武豊
激しい気性を乗り越えたイナリワン
喧嘩っ早い人。
興奮する人。
すぐに怒鳴る人……。
怒りっぽい人にもそれぞれタイプがあるように、気性が激しいといわれる馬にもタイプがあります。
噛み癖(ぐせ)のある馬。
蹴り癖のある馬。
騎手を振り落とそうとする馬……。
どちらにしても、つきあっていくのは容易ではありません。
ただし、馬の場合は癖のある馬ほど、うまく乗りこなすことができれば、乗っている騎手が驚くほどのパワーを持っていることが多々あります。
大変ですが、楽しみも多いものです。
――今までで一番、気性の激しかった馬は?
順位をつけるのは難しいのですが、パッと思い浮かぶのは、オグリキャップ、スーパークリークと並び、"平成の三強"と称された、地方からやってきた怪物、イナリワンです。
彼と初めてコンビを組むことになったのは、中央移籍3戦目となる1989年の「天皇賞・春」。実戦前に、まずは調教で跨ることになったのですが……。
コースに入った途端に、いきなり全速力!
いくら手綱を抑えても、ムキになって走り続け、ようやく止まったのは2周目のゴールを過ぎたところでした。
掛かり癖と呼ぶには、あまりにも激しすぎ。
今思い出しても変な汗が出てきます(笑)。
――これで、3200メートルを乗り切れるのかな。
正直、不安だらけのレースでした。
しかも、引いた枠はよりによって1枠1番。
13日の金曜日と大凶がいっぺんに来たようなものです。
展開や位置取りなど、あれこれ考えずに馬と折り合うことだけに専念しよう。
頭の中にあったのは、それだけです。
とにかく馬を怒らせないように、気持ちをうまくそらすように乗っていました。
ところがです。
あれは、向正面あたりだったと思います。
前を走っていた1番人気のスルーオダイナの手応えに比べて、イナリワンのほうがはるかによく見えて、実際、3コーナーから4コーナーにかけては、下がっていく馬がいるなかで、自分はまだ引っ張ったままの状態です。
――あれっ?
疑問が確信に変わったのは、彼にGOサインを送る前でした。
人というのは本当に現金なもので、こうなるとレース前に抱いていた不安は、もはや、カゲもカタチもありません。
――行けーッ!
走破タイム3分18秒8のレコードタイム。
短距離馬のようにものすごい加速で後続を5馬身も突き放したその加速力にただ、酔いしれていました。
今週末……5月4日は、イナリワンとともに勝利の美酒を味わった「天皇賞・春」です。パートナーは、僕が、いま、日本で一番強いと信じるキズナ。
近年にないほど、強力なメンバーが集いましたが、秋に待っている大目標のためにも、ここで立ち止まるわけにはいきません。
ゴールデンウィークまっただ中。
夢のある競馬、激しい競馬、感動する競馬をぜひご覧になってください。
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