人生に役立つ勝負師の作法 武豊
力や運だけでは勝てないダービー



スタンドが揺れるような"キズナ・コール"と、さらに大きな"ユタカ・コール"に迎えられた昨年のダービーから一年。今年も待ちに待ったダービーウィークがやって来ました。

春の天皇賞から続く6週連続のGⅠレースの第5弾として行われるこのレース、どのレースも勝ちたい気持ちは一緒だし、騎乗馬がある限り、すべて勝つつもりで挑んでいますが、日本ダービーだけは、またちょっと特別。大げさな言い方をすれば、一年分の勝利すべてと引き換えにしてでも手にしたいと思えるのがダービージョッキーの称号です。

どこがどうというわけではありませんが、この一週間は、サークル全体の空気も明らかに違います。

レースに出走する陣営は、ピリピリしたムードのなかにもどこか誇らしげな雰囲気があり、そのほかの厩舎は、「来年こそ!」と闘志を燃やす――ほどよい緊張感と、わくわくするようなお祭り気分を同時に味わえるこの一週間は、競馬に携わるものの夢がぎっしりと詰まった7日間です。

今年のメンバーを見てみると――例年にないほどの混戦です。出走する18頭、すべてにチャンスがあると言っても言い過ぎではありません。

このなかで、皐月賞と合わせ二冠のチャンスがあるのは、マサヨシ(蛯名正義騎手)とイスラボニータのコンビ。ダービー連覇の権利を持っているのは僕だけですから、より一層力が入ります。

JRAの歴史の中で、これまでダービーを連覇したことのある騎手は、僕(98年スペシャルウィーク、99年アドマイヤベガ)と四位洋文騎手(07年ウオッカ、08年ディープスカイ)の2人だけ。2度目の連覇、通算6度目の戴冠に向けて気持ちは高まる一方です。

僕のパートナー、トーセンスターダムは、皐月賞で11着に敗れましたが、振り返ってみるとアドマイヤベガも皐月賞は6着でした。

万全の状態で力を出し切って敗れたわけではないこと。直線の短い中山より、馬場が広く直線の長い東京競馬場に替わることがプラスになること。さらに、まだ底を見せていなのでは? という点も酷似しています。

本音を言えば、4戦4勝――無傷のまま皐月賞を制し、ダービーに駒を進めることが理想でした。

しかし、人生、思い通りになることはほぼありません。人として、男として、勝負師として、真価が問われるのは、勢いに乗っているときよりむしろ、逆境にあるときです。

これまで5度のダービー制覇で学んだのは、力だけでも、運だけでも勝てないということでした。勝ちたいという執念。結果を恐れず勝ちにいく勇気。スタッフやオーナー、ファンと一体となった熱い想い……すべてが揃ったとき、そこに栄冠が待っています。

6月1日、午後3時40分――。

結果は神のみぞ知るですが、僕とトーセンスターダムは、勝つためのレースをします。みなさん、東京競馬場で会いましょう。


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