同世代のフユ子は大学進学のために上京してきたというから、もう東京暮らしの方が長い。年末などに帰省しても、もはや東京の方が故郷と思えるそうだ。

ちょっと珍しいのは、上京してすぐ住んだマンションに今も住んでいることだ。近所の会社に就職し、恋愛経験もそれなりにあったが、その歳まで独身でいる。だからすっかり、そのマンションだけでなく、近所周りでも古くからの住人といわれるようになった。

そんな彼女だが、上京したての頃は知り合いも友達も少なく、ただ一人頼りにしていたのが隣に住んでいた当時もう七十過ぎの老婦人だった。年金で一人暮らしだという老婦人は自分の過去や素性などほとんど語らず、フユ子のことも根掘り葉掘り聞かなかった。

こういうのが都会の付き合いなんだろうなと、若かったフユ子は思った。老婦人は穏やかで上品だった。しかし、フユ子は老婦人の部屋に行ったことは一度もなく、会うのはいつもマンションの一階にある店、もしくはマンションの近隣にある食堂などだった。

そんな老婦人が、いつも話す奇妙な話があった。昔、ヤクザ者が連れ込み旅館で愛人を殺し、その後で自分も列車に飛び込んだという。ちょうど今頃の寒い季節だったそうだ。

その踏切はマンション近くにあり、フユ子は今もよく渡っている。

「女の方は、けっこう良家のお嬢様だったのよ。初めての男だからなかなか別れられなかったのね。きっと、一から彼女に女の悦びを教えて仕込んだのねぇ」

老婦人はそこの描写だけは妙に下品で生々しくなったと、フユ子は苦笑した。

ともあれ老婦人はやたら詳しく、ヤクザ者の素性や愛人の人となりを語っていた。そうしてフユ子はあまりにもその話を聞きすぎたせいか、踏み切りでぼんやりとした男の幽霊を見るようになってしまったのだ。


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