今はそれなりに交友関係も広い熟女のフユ子も、上京して間もない女子大生の頃は人見知りが強く、隣の部屋の老婦人しか話し相手も頼れる人もいなかった。 

その老婦人と親しくなってからは、フユ子は人見知りが加速していった。老婦人に近くの踏み切りの話を聞いてからは、愛人を殺して列車に飛び込んで自殺したという男の幽霊まで見るようになった。その踏み切りは通学路にもなっていて、避けて通れなかった。

「昨夜も、ぼんやり透けた男を見ました」などといえば、老婦人は満足げに「そりゃ出るわよ」とうなずき、「あそこは、相当に怨念が渦巻いているから」と、ますますフユ子を怖がらせるようなことをいいながら淫靡に笑っていたという。

「殺されたお嬢さんは、ヤクザ者とは心は離れていた、っていうか、最初から心はふれあってなかったでしょう。好奇心、スリル、冒険、気まぐれよ。でも、体からは離れられなかったのねぇ。ヤクザ者のほうは逆なのよ。いつまでも子どもっぽいお嬢さんより、もっと巧くて熟れた女も他にいたわけだから。柄にもなくお嬢さんに本気で惚れて、一緒になりたがった。でも、無理。だから殺したの」

フユ子が大学を出る頃、老婦人は自宅で倒れてあっけなく世を去った。遠縁にあたる人が来て火葬だけして、遺骨を故郷に持ち帰ったそうだ。

そこでフユ子と老婦人の縁は、永遠に切れてしまった。老婦人の故郷も知らなかったので、墓参りにも行けない。その途端に、といっていい感じで、フユ子はマンションにも大学にも近所にも友達、知り合いが増えた。まるで、何かの鎖から解き放たれたように。

そして近所の人達に例の踏み切りの話をしたら、誰一人として知らなかった。ここに代々住んでいる人達も、そんな話は聞いたことがないという。


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