山を制す者が、箱根を制す――。今年の箱根駅伝はそんな言葉がピッタリのレース展開になった。

1月2~3日に開催された箱根駅伝で、青山学院大学が創部97年目で初の総合優勝を飾ったのだ。
「今年からコースが一部変更になったため、単純に比較はできませんが、青学大のタイムは10時間49分27秒と史上最速タイム。2位の駒澤大学に、10分以上の差をつけての圧勝で、10分以上の大差となったのは、実に27年ぶり。まさに記録づくしの歴史的快勝でした」(スポーツ紙記者)

04年に大学内で強化指定部に選ばれ、中国電力でナンバー1の営業マンとして名を馳せた原晋監督が就任。サラリーマン流の組織づくりに着手した、監督の成果が実った形となった。

だが、その優勝の原動力となったのは、なんといっても"新・山の神"と言われる神野大地の往路5区での激走だろう。5区といえば、高低差834メートルの箱根駅伝最大の難所で、毎年数々の伝説を生んできた。

「そこを神野は1時間16分15秒の区間賞となるタイムで駆け抜けた。2年前、東洋大学の"山の神"柏原竜二が記録した1時間16分39秒をも上回る区間新記録で青学初優勝の立役者となった」(陸連関係者)

この快走が評価され、順天堂大学の今井正人、東洋大の柏原に続いて"三代目・山の神"を襲名した神野。50キロ台が多い選手の中で、体重が43キロしかない小柄な体格は異例中の異例。その神野は中学時代、県大会すら出場できない無名の選手だったという。

「中学生当時、3000メートルの持ちタイムは10分27秒と、女子選手にも負けてしまうほどだったといいます」(前同)
高校時代も、5000メートル14分50秒台で、全国大会にも出場できず、競技実績は皆無に等しかった。
そんな神野がいかにして、三代目・山の神と呼ばれるまでに成長したのか。

そこで本誌は、神野の祖母に直撃取材を敢行。実は彼女、"白鷺の姉御"と呼ばれ、大相撲名古屋場所で、毎日のように花道で応援する名物おばあちゃんとして一部メディアにも登場したことのある有名人なのだ。

「大地は、幼稚園の頃から大の負けず嫌いで、運動会の駆けっこでは、いつも一等賞でしたね。小学校の頃は少年野球でピッチャーをやっていましたが、中学から陸上を始めました。小さな体(身長164センチ)ですから、大きな体の子に負けないよう、人一倍努力する子でした。高校時代は髪の毛があると、その分、風の抵抗でタイムが遅くなると、丸刈りにしてしまったほど。自分で信じたことを貫く、芯の強い子ですよ」(白鷺の姉御)

スポーツ選手にとっては、ハンデキャップとなる小柄な体を、並々ならぬ負けん気で撥ね返し、歴史的快挙を成し遂げた神野。まだ3年生の神野が、来年のお正月に、さらなる活躍を見せてくれることは間違いなさそうだ。

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