――上半期を締めくくる最高のレースをしたい。 そんな気持ちで臨んだ6月のラストウィークは、天国と地獄の2日になってしまいました。

 JRA通算3900勝まで、あと1つ。リーチをかけて迎えた阪神3レースを5番人気のメイショウヴォルガで快勝し、ファンや関係者、仲間……数多くの方から“おめでとう!”と声をかけていただきました。

 思えば、最初の一歩……ダイナビショップにプレゼントしてもらった初めての勝利(1987年3月7日)も、ここ、阪神でした。もしも、当時の僕が、未来を予知できるという人から、「30年後、あなたはこうなっているよ」と耳打ちされたとしても、とても信じる気にはなれなかったと思います。3900勝という数字も、2万546回という騎乗数も、それほど途方もない数字です。喜び。悔しさ。怒り。情けなさ。うれしくて涙を流したこともあるし、唇を噛み締めたレースもたくさんありました。その、一つ一つに思いがあります。

――次の目標は、JRA通算4000勝ですね。 分かりやすい数字ということになると、当然、そうなるのでしょう。でも、4000という数字は、目標というよりは通過点。これまで何を成しえたかより、これから何をやっていけるのかのほうが、今の僕には、はるかに大切なことです。昨日より今日。今日より明日。騎乗技術をもっと、もっと磨き、誰からも愛される騎手、さすが武豊だと言っていただけるような騎手を目指します。

 土曜日は、さらにプラス1勝。翌日曜日も、9レース、10レースを連勝し、3903勝をマーク。あとは、この日最後となるレース、G1「宝塚記念」を勝利で締めくくるだけでした。パートナーは、絶対の信頼を置くファン投票第1位のキタサンブラック。勝たなければいけない、負ける要素はどこにもない、ほぼ勝利を確信して挑んだレースでした。

――それが、なぜ……。 頭の中が真っ白になってしまったレース直後も、一夜明けた今も、はっきりとした理由はよく分からないままです。

――レコードで勝った天皇賞(春)の疲労が残っていた? ないとは言いませんが、乗ったときの感触はいつもと同じ。強いキタサンブラックでした。

――展開が向かなかった? 馬場状態も含め、キタサンブラックはそういう次元の馬ではありません。レースでも不利はなかったし……あそこまで負ける要因が、まったく分かりません。一つだけ言えるのは、キタサンブラックはこれで終わるような馬じゃないということです。今回、全部勝つことの難しさと、競馬の怖さを味わったキタサンブラックは、必ず秋に復活します。

――キタサンブラックは、グランプリレースを勝てない!? そんなことはありません。復活の、本当の祭りはこれからです。

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