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新聞、テレビさえも思わず封印した「大事件の絶対タブー」を暴く!

[ヴィーナス7月20日号]

2014年は、警視庁の創立140年ということで、「警視庁全職員が選ぶ『140年の10大ニュース』」が発表された。

そこで1位に選ばれたことで、改めてその衝撃の大きさを世に知らしめた「オウム真理教」による一連の事件。意外なことに設立当時は、教祖の麻原彰晃がテレビ番組に出演し、「おもしろ人物」と取り上げられていた。当時、撮影を担当したカメラマンが話す。
「空中浮遊を撮ることになりましたが、全然浮かないんです。結局、地面に這いつくばって撮りましたよ」

そして1988年に坂本弁護士一家殺害事件、94年に松本サリン事件、翌年には地下鉄サリン事件を起こし、"凶悪なカルト集団"に世界中が震撼、報道はオウム一色となる。中でも女性信者「オウムシスターズ」は好奇の目にさらされた。
「オウムは山梨県富士ヶ峰を拠点にし、彼女たちも一緒に住んでいた。そこには麻原の愛人もいました」(週刊誌記者)

そんな中、当時、取材に走り回っていた週刊誌記者は、地元民と彼女らの"奇妙な交流"を嗅ぎつける。
「近辺の暴力団組員と、彼女らが体の関係を持っていたというんです。暴力団側はシスターズを抱く代わりに、オウムに一人暮らしの金持ちや近辺の不動産についての情報を流していたんだとか」(前同)

裏では、そんな闇取引がなされていたとは……。

同様に「10大ニュース」で3位に選出された「あさま山荘事件」(72年)は、連合赤軍の立てこもり場所となった浅間山荘に機動隊が出動し、攻防の一部始終がテレビで放送されたことで記憶に残る事件となった。最前線で取材した全国紙社会部記者が、壮絶な現場を振り返る。
「すぐ横を銃弾が飛んだときは、慌てて避難しました。機動隊員2人と民間人1人が被害に遭い、死亡しましたが、突入の際に犯人たちは機動隊員にボコボコに殴られたそうです」

その一方、人質の女性は意外な待遇だったという。
「219時間監禁された女性が何をされたか、さまざまな憶測を呼びましたが、"乱暴されていなかった"という話もあるんです。犯人と長時間過ごすことで特別な感情が芽生える"ストックホルム症候群"になっていたのかも」(前同)

対照的に、犯人が人質30人以上に対し壮絶な"拷問"を行った事件があった。
「三菱銀行人質事件」(79年)である。銀行強盗に押し入った犯人・梅川昭美は、包囲した警察に射殺されるまで、人質に何を行っていたのか。
「取材を進めると、支店長や数人の行員は射殺されたほか、耳を削ぎ落とされた人や用を足させられた人もいて、かなりむごい状況だったとわかりました。しかし当時、そんな現実は一切報道されませんでした。広告の部署から、"中の様子を書くな。広告を止められる"と泣きつかれたからです」(週刊誌記者)

大手メディアがスポンサーの顔色をうかがうのは、昔も今も同じなのか。

一方、現代なら大問題になりそうなことが、「連続幼女誘拐殺人事件」(89年)では当たり前のように起こっていた。この事件は「オタクでロリコンの宮崎勤が、幼女4人を誘拐・殺害した凶悪事件」として知られているが……。
「よくテレビで流れていた宮崎の部屋の映像で、一番目立つ場所に"若奥様の生下着"という漫画が置いてありましたが、あれはオタクを印象づけようとテレビ局スタッフが意図的に置いたものなんです」(写真週刊誌記者)

ほかにもマスコミは容赦なく、「ビデオ仲間の連絡先リストがあったから、勝手に持っていった」(前同)と言うが、なぜ、そんなことができたのだろうか。
「宮崎の父親が積極的に招き入れてくれたんです。"うちの子はビデオが好きなだけで、人殺しなんかしません!"と」(前同)

重大事件の場合、加害者家族がマスコミの前に出ることは珍しくない。小学校に乱入し、児童8人を殺害した「大阪教育大附属池田小事件」(01年)の犯人・宅間守の父親も、事件直後にマスコミの前に登場し、
「いつか、こんな事件を起こすと思っていた」と言って反感を買った。
「あれには理由があって、近所に父親の妹の自宅があり、そこにもマスコミが押し寄せたため"俺が喋るから、妹のところには行かないでくれ"と出ていき、口調が強くなってしまった。その影響で自宅には脅迫電話が鳴りっぱなし。でも、電話に出続けていました」(週刊誌記者)

さらに宅間と言えば、強姦含め前科11犯、婚姻歴5回という仰天経歴の持ち主でもあった。
「彼の部屋は"まるで芸能人の部屋だ!"と家宅捜索した刑事が驚いたほど、派手な衣装がズラッと並んでいたそう。それらを着てお見合いパーティに参加しては女漁りをしていたんです。ちなみに、2度目の結婚相手は小学校時代の担任で、作家の小松左京氏の妹さん。宅間の親族によると彼女は相当美人らしく、"強引に結婚に持ち込んだのでは!?"とまで言っています」(前同)

最期も獄中結婚しており、ある意味、女に不自由しない人生だったと言えよう。

男性2人に保険金を掛けて殺害、1人を重体にした「本庄保険金殺人事件」(95・99年)の主犯格・八木茂も、自身が経営するパブのホステス3人を愛人にするほどのモテ男であり、愛人らを殺人実行犯に仕立てあげたとされている。週刊誌デスクが話す。
「ある記者が、八木と仲良くなり"今日は俺の愛人の家に泊まっていけよ"と誘われたんです。それを断ると、まるで捨て犬のような寂しそうな顔をしたそうで、"今でも、あの顔が忘れられない"と言っていました。母性本能をくすぐるんでしょう」

08年に死刑が確定したが、現在は弁護団が「冤罪」とし、再審請求中だ。

同じく、かねてから「冤罪」との声があるのが、林眞須美である。

夏祭り中にカレーにヒ素を混入。食べた67人が搬送され、4人が死亡した「和歌山毒物カレー事件」(98年)の犯人とされているが、一貫して全面否認している。
「"犯人は白いトレーナーを着ていた"という目撃証言を得たんですが、眞須美は太った体型を気にして白い服は一切着なかったそう。 また、『FRIDAY』に眞須美と間違えて娘の写真が掲載され、大問題になったこともありました。眞須美と娘が、遠目から見ると相当似ていることが原因だったそう」(地方紙記者)

彼女もまた死刑囚だが、再審請求中である。

いずれも時代を越えて語られる大事件ばかりだが、"インパクトのある犯罪者"として取材記者の記憶に残る人物が、「ホテルニュージャパン火災」(82年)で死者33人、負傷者34人を出し、業務上過失致死傷罪で3年の実刑判決を受けた、オーナー社長・横井英樹だ。
「事件後、"横井は被害者の娘を愛人にしている"というネタを入手し、張っていると本当に2人でホテルに現れました。直撃すると、"いくら欲しいんだ?"とか"うちの会社に来ないか?"とモミ消しを図ってきました。それを拒否すると、"事故には気をつけるんだな"と、ひと言。まさに昭和の妖怪です」

報道できず封印されたネタには、"タブー"たる所以があるのだ。(文中一部=呼称略)

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