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【武豊】復帰に向け奮闘していた後輩が引退

人生に役立つ勝負師の作法 武豊
復帰に向け奮闘していた後輩が引退



競馬学校の2期下、5期生の佐藤哲三騎手が鞭を置くことになりました。引退の原因となった事故が起きたのは2年前、2012年11月24日に行われた京都10レースです。

最後の直線。騎乗していた馬がバランスを崩し、振り落とされたテッちゃんは柵の柱に激突。それは、同じレースに騎乗し、テッちゃんの後ろで競馬をしていた僕が、一瞬、息をのむほどの大事故でした。

左上腕骨、左肩甲骨、腰椎横突起、左尺骨、右大腿骨幹部、左足関節、右第一肋骨の骨折など、全身を怪我したと言っていいほどの重症を負ったのです。それでも、テッちゃんの熱い心が萎えることはありませんでした。骨部分の修復、神経や筋肉の移植など最長23時間にも及ぶ手術をすること計6度。復帰に向け、壮絶なリハビリをする彼の姿は、同じ騎手として頭が下がる思いでした。

今回、引退という結論を出すまでには、いろんな思いや葛藤があったと思います。それでも、みんなの前に出てきたテッちゃんは、実にすがすがしい表情をしていました。

「騎手は諦めましたけど、馬に乗ることを諦めたわけじゃないので、将来は調教師を目指そうと思っているんです」と、どこまでも前向きでした。

テッちゃん、本当にお疲れ様でした。騎乗技術も、スピリッツも、すべてにおいてテッちゃんはプロフェッショナルの騎手でした。懸命にリハビリに励む姿や、絶対に諦めない熱い心、そして、思いを断ち切って次に進む姿に、僕も勇気をもらいました。

さあ、そして、今週末からいよいよ秋のGⅠ戦線が始まります。

第1弾は、"電撃の6ハロン戦"第48回「スプリンターズS」です。僕がこのレースで優勝したのは2度。最初は、GⅠに昇格した90年12月16日で、パートナーは、先月29歳でこの世を去ったバンブーメモリー。2度目は02年9月29日で、このときのパートナーはサンデーサイレンスを父に持つ4歳牝馬のビリーヴでした。

この当時、すでにサンデーサイレンスは、大種牡馬と呼ばれ、産駒の馬たちが挙げたJRAの重賞勝利数は140個以上。僕自身もスペシャルウィークやサイレンススズカ、ステイゴールド……と、たくさんの勲章をいただきましたが、そのサンデーにとっても、1200メートルのGⅠ奪取は、これが初。余計にうれしかったという記憶があります。

現在、中山競馬場改修のため、今年の「スプリンターズS」は、新潟競馬場での開催となりました。そしてこれは、くしくもビリーヴのときと同じです。さらにもうひとつ。パートナーのベルカントは、テッちゃんと同期、競馬学校5期生の角田晃一調教師が管理している期待馬です。

分厚い古馬の壁を突き崩すのは容易なことではありませんが、諦めないかぎりチャンスはあるはずです。当日は、いいイメージだけを持ってレースに臨みたいと思います。




■武豊 プロフィール
1969年3月15日、京都生まれ。1987年の騎手デビュー以後、通算3500勝、日本人騎手初の海外GI制覇、年間200勝突破など数々の金字塔を打ち立て、現在も活躍中。

【武豊】復帰に向け奮闘していた後輩が引退

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