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中国が虎視眈々と狙う「沖縄独立計画」“ドス黒”全容

[週刊大衆10月13日号]

独立を問うスコットランドの住民投票をきっかけに、沖縄県知事選挙が注目されている。その背後には中国の暗躍が!

不気味な黒雲が沖縄上空を覆い、さらには日本列島にまで伸びようとしている。

「その象徴的出来事が、11月16日に投開票される沖縄県知事選です。米軍普天間(ふてんま)基地の辺野古(へのこ)移設問題が最大の争点となっていますが、今回は特に沖縄県民の本土に対する強い不信感が、どう民意となって示されるか注目されています」(地元紙記者)

この"不信感"は後述するとして、まずは県知事選だが、その先行きは混沌としてきている。

9月25日時点で有力候補は4氏。仲井真弘多(なかいまひろかず)・現知事、翁長雄志(おながたけし)・那覇市長、下地幹郎・旧国民新党幹事長、元参院議員の喜納(きな)昌吉・民主党県連代表が立候補を表明し、注目されている。

「辺野古移設推進を訴えて3選を目指す仲井真氏に、移設反対を唱える翁長氏が挑戦するというのが基本構図です。そこに、県民投票で移設を決しようと訴える下地氏。さらには、辺野古移転そのものを拒否する喜納氏も参入。昔のように保守vs革新というわかりやすい構図ではなくなり、混沌としています」(前同)

それを象徴するように、今回の知事選では、自民党が仲井真氏を推薦する一方、翁長氏には保守系那覇市議の一部と社民・共産が相乗り支援している(25日時点)。

「翁長さんは元自民党県連幹事長ですから、保守が分裂し、一部が革新勢力と共闘するという、沖縄が初めて経験する異例そのものの知事選です。仲井真氏は保守vs革新の対立に持っていこうとしていますが、翁長氏は"沖縄から基地をなくすため、保革を乗り越えて手を取り合う時代"と訴え、支持層を広げています。まだ公示前ではありますが、裏ではすでに凄絶なたたき合いが始まっています」(沖縄商工会関係者)

さらには、沖縄県民の間に今なお根強く存在している「琉球(沖縄)独立論」を唱え、「琉球として日本から独立すべし」と主張する大城浩氏も、無所属での立候補を表明している。

「仮に辺野古移設反対派の知事が誕生したら、どうなるか。辺野古を行政区内に置く名護市長も反対している中で移設を強行すれば、"憲法が定める地方自治の本旨を踏みにじる行為だ"と、沖縄全土の住民が"反本土"で燃え上がる可能性も秘めています」(革新系の那覇市議)

先日、世界中の注目を集めた、イギリスからの独立を問うスコットランドの住民投票。本土に住む日本人の多くは気づいていないが、スコットランドにおける独立運動は、沖縄にも飛び火しつつある。

戦後長らく、日本における米軍基地の大半を押しつけられた沖縄県民の不満は根強く、そして深い。

「米軍基地の76%が、日本の国土のわずか0.6%に当たる沖縄に集中しているんです。沖縄の不満の根底にはまず、この基地問題があります。かつては、在日米軍兵士が暴行事件を起こしても、基地内に逃げ込めば逮捕すらできませんでしたからね」(前出・地元紙記者)

日米安保の錦の御旗のもと、沖縄における米軍兵士の狼藉(ろうぜき)は見逃されてきた。これが、ウチナンチュ(沖縄人)のヤマトンチュ(沖縄以外の日本人)に対する拭いきれない不信感となって存在している。

「今回の知事選の争点でもある普天間基地移設問題はその象徴です。民主党政権下、当時の鳩山首相が口にした"(普天間基地は)最低でも県外"で大きな期待が生まれたのに、結局、移設は立ち消えに。現職の仲井真知事にしても、公約を破棄して辺野古の埋め立てを容認してしまった。そうした不満が知事選で噴出するでしょう」(那覇市議)

市街地にあり、"危険な基地"の代名詞である米海兵隊普天間基地が大きな注目を集めたのは、やはり米兵が起こした事件がきっかけだった。95年、米兵による少女暴行事件を契機に、沖縄全土で米軍基地反対運動が勢いを増し、その象徴として普天間基地返還要求運動が燃え上がったのだ。

「その結果、普天間の全面返還が翌年決定し、99年に移設先として名護市辺野古が閣議決定された経緯があります。また、日米地位協定はそのままですが、凶悪犯に関しては起訴前に日本側に身柄を引き渡すケースも認めさせました。こうした"前進"はありましたが、基地問題以外にも、経済格差問題や高い失業率など、沖縄が日本の中でも構造的な犠牲になっています。この屈辱感は簡単には消えませんよ」(前同)

利用価値の高い土地を米軍基地に奪われ、観光以外に目ぼしい産業がない沖縄では、アメリカとの関係性ばかりを重視する政府に見切りをつけている県民も多い。

そんな中、近年、がぜん、注目を集めているのが「琉球独立」の動きだ。「今年8月には、"琉球民族としての自覚と誇りを取り戻すこと"を目的に、『琉球沖縄の自己決定権を樹立する会』が、沖縄出身の識者たちを中心に結成されました。同会メンバーは、"これが琉球独立への第一歩になる"と意気軒昂(けんこう)です」(沖縄県議会関係者)

この「琉球独立運動」の歴史は長い。1879年、もともと独立国だった琉球が明治政府による"琉球処分"により、琉球王国は完全に消滅。当時、この処分に不満を抱いた旧支配層の一部が旧宗主国の清国に亡命し、清政府に「琉球王国の再興」を働きかけた。その後、日清戦争で清が敗れたことで、琉球王国再興は消え去った。

それが再び大きく動き出すのは、太平洋戦争終結後。当時の米国政府は、日本と琉球は本来異なる国家・民族という認識を持ち、米国主導での琉球国独立構想を検討する。これに琉球独立派が勢いを得たのだ。

「ただ、米軍政下での沖縄は、厳しい言論統制やたび重なる一方的な軍用地接収が行われ、住民への米兵犯罪が頻発した。結果、「米軍=解放軍」というイメージが崩れ去るとともに、琉球独立の機運は消滅し、逆に"平和憲法下の日本への復帰"世論が主流を占めていきました」(戦後史研究家)

以後、散発的に琉球独立論が飛び出すことはあっても、大きなうねりを生み出すことはなかった。

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