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「永遠の0」の戦場を生き抜いた男が語ったゼロ戦「ラバウル航空戦の真実」vol.3

[週刊大衆09月2日号]

敵大編隊を発見した本田氏は、6000メートル上空から
急降下して突撃を開始。
「多勢に無勢でした。上空にはP38がいっぱいおったんですが、列機小隊長の高橋1飛曹に、この直掩戦闘機隊を任せ、私は爆撃隊を撃墜しようとしたんです」
本田氏が襲いかかった爆撃隊の先頭には、A20攻撃機がいた。この攻撃機は、3人乗りの双発機(エンジンが2つある)で、対空防御用も含め10門の12・7ミリ機銃を備え、機首に12・7ミリ機銃を集中配置して地上攻撃機として運用されていた。本田氏はA20の火力について、こう証言する。
「“地獄の花火”とでも表現しておきましょうか。A20の機首に集められた機銃の威力は、他の敵機とは比べものにならないほど強力で、撃ち出される弾に隙間がないんです。とにかく凄まじい弾幕でしたね」

この戦闘で、本田氏も、敵爆撃機を護衛するP38から銃撃を受け、7・7ミリ機銃を被弾したほか、別のP38からの攻撃で、片方の主脚を破損してしまった。
それでも本田氏は、燃料が尽きるまで、わが輸送船団を敵機の攻撃から守り続け、どうにか、ニューブリテン島南岸のガスマタに不時着したのだった。

続く昭和18年4月18日--日本軍は運命の転機を迎える。山本五十六連合艦隊司令長官が前線視察のため、2機の一式陸攻と6機の護衛機とともにラバウル基地から飛び立ったのだ。
行き先は、本田氏がいたブイン基地。ブインでは、長官機の到着を、いまかいまかと待ちわびていた。そんなところに突如、空襲警報が鳴り響いたのである。

本田氏は、ただちに愛機に飛び乗って、敵機迎撃のために真っ先にブイン基地を離陸した。ところが、本田氏が上空に上がったときには敵機の姿はなく、ジャングルから一条の黒煙が高く上がっていた。その黒煙は、待ち構えていた16機のP38に撃墜された山本長官機のものであった。

本田氏は言う。
「あの時点では、山本長官が負傷されたとだけ聞かされていました。しばらく経ってから、撃墜されて戦死されたことがわかったんです……。いの一番で駆けつけた私が見たあの黒煙こそが、長官機のものだったとは、本当に悔しいですよ。もっと早く到着しておればと、敵機を追い払えたのに……慙愧に堪えません」

本田稔・元海軍少尉--大ヒット小説『永遠の0』にも登場する、地獄のラバウル航空戦を戦い抜いた零戦乗り。ラバウル航空隊における本田氏の撃墜数は、43機であった。

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