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【幕末女傑烈伝】かの有名な「寺田屋」を切り盛りした寺田屋登勢

2015年NHK大河ドラマ「花燃ゆ」のヒロインで、吉田松陰の妹・杉文。文はいま、激動の時代をしたたかに生き抜いた女性として注目されているが、彼女の他にも、幕末から明治維新にかけて逞しく生きた女傑たちがいる! 今回は、寺田屋登勢の波瀾万丈ヒストリーを追う!!


寺田屋登勢(てらだやとせ 1829~1877年)は大津の米問屋の娘に生まれ、18歳で京都伏見の船宿「寺田屋」に嫁いだ。20人からの奉公人を抱える船宿だったものの、亭主はおとなしいが、どうしようもない遊び人。おまけに、口うるさい姑や小姑もいて、登勢は苦労を重ねたのである。

船宿の経営は、登勢に任された。彼女は女将としての才能を発揮。姉御肌でテキパキと働き、奉公人にも慕われ、客も増えて繁盛した。

寺田屋は薩摩藩士たちの定宿でもある。1862年(文久2)には、薩摩藩士同士が尊攘派と公武合体派に分裂し、寺田屋で殺傷事件を起こして9人が死亡した(寺田屋騒動)。登勢はその9人の位牌を寺田屋の仏壇に置き、供養した。

1866年(慶応2)には、薩長同盟締結を見届けるべく、京都に来た坂本龍馬が寺田屋に逗留。そこへ、午前3時ごろ、伏見奉行所の役人50人あまりが龍馬を捕らえるため、寺田屋にやってきた。龍馬の愛人・お龍の機転で、龍馬はかろうじて逃げるという事件も起きている。

龍馬は登勢のことを「おかあ」と慕い、勝海舟も彼女を「頭がいい」と褒めていたという。現代にも、こういう女性がいるといいのだが……。

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