日刊大衆TOP プチ鹿島

白けた時代に小橋建太に学んだこと

2015-01-17

プチ鹿島の連載コラム 「すべてのニュースはプロレスである」

14日のTBSラジオ「たまむすび」(パーソナリティ・赤江珠緒さん、博多大吉さん)に小橋建太さんがゲスト出演した。

大吉先生と小橋さんの友人関係から実現したのだが、そのなかで私も僭越ながら小橋建太さんへのコメントを出すことになった。

あらためて思い越してみると「プロレスラー・小橋建太」は特殊だったと思う。最盛期の「鉄人」「絶対王者」というイメージは強烈だが、一方で若手時代もいまだに記憶に新しい。

小橋が全日本プロレスに入門したのは1987年。その頃の全日にはジャイアント馬場、ジャンボ鶴田など規格外の「非日常」な人たちがたくさんいた。プロレスラーになりたい人が必ずしもなれる時代ではなく、天賦の才が重視されていたのだ。そういう状況で小橋はアマチュアスポーツの実績も特になくプロレス界に飛び込んだ。等身大の若者はいってみれば「こちら側」と地続きであった。

そして小橋は練習の虫として馬場に可愛がられる。ひょろりとした若者は、異常な努力ができるという才能を開花させたのだ。我々はどんどん成長してゆく小橋をリアルタイムで見ることができた。

プロレスラーといえば破天荒でいい加減で野心も隠さないという人間性もみどころのひとつでもあったが、小橋はとにかく真面目でストイックで寡黙。これは、もしかしたら時代の要請だったのかもしれない。

小橋建太がメインを務め始めた時代は90年代中盤から。社会ではバブルが弾けたあとどこか空虚な空気が漂い始めていたときだ。小橋建太の全盛期は日本が「失われた10年(もしくは20年)」と呼ばれた時期とまさに重なる。虚飾に包まれた見栄より、実直さが求められた頃。大仰なギミックを持たない等身大のレスラーの過激さ(四天王プロレス)がファンに支持されたのもは当然かもしれない。

おまけに小橋建太はいつも熱かった。熱くて真面目なことはかっこ悪いことではないことを体現して教えてくれた。つい、白けそうになる時代に。

今年成人を迎えた皆さんが生まれてからのほぼ同じ時間を、小橋建太はリングで生きていた。自分が育ったのはどういう時代だったのか、今後の生きるヒントも小橋に隠されている。

若者よ、小橋建太に学べ。

以上、簡単ではありますが新成人へのお祝いの言葉にかえさせていただきます。


プチ鹿島
PROFILE
1970年5月23日生まれ。お笑い芸人。オフィス北野所属。時事ネタを得意とする芸風で、新聞、雑誌などにコラムを多数寄稿。ラジオ番組「東京ポッド許可局」(TBSラジオ)、「荒川強啓のデイキャッチ」(TBSラジオ)、「キックス」(YBS山梨放送)ほか、TVや映画など多方面で活躍中。





「教養としてのプロレス」(プチ鹿島/双葉社)
2014年8月7日発売 新書判304ページ





今もっとも注目すべき文系芸人・プチ鹿島氏による初の新書が双葉社より発売! 「どの週刊誌よりも売れていた」という90年代黄金期の週刊プロレスや、伝説の編集者・井上義啓氏の週刊ファイトなどの“活字プロレス”を存分に浴びた著者による、“プロレス脳”を開花させるための超実践的思想書。 「半信半疑力を鍛える」「グレーゾーンを許容する」「差別に自覚的になる」等々、著者が30年以上に及ぶプロレス観戦から学びとった人生を歩むための“教養”を、余すところなく披瀝。すべての自己啓発本やビジネス書は、本書を前に、マットに沈むこと必死!

ブログ:http://orenobaka.com/
ツイッター:@pkashima

大衆のオススメ


オススメタグ


人気記事ベスト10


日刊大衆公式チャンネル


Copyright(C) 日刊大衆 Futabasha Publishers Ltd. All rights Reserved.