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全国47都道府県別ニッポンの「叩き上げ創業者」100人 vol.3

[週刊大衆1月7日・14日合併号]

博多ラーメンのなんでんかんでんフーズの川原ひろしは福岡出身。元寄席の歌手だった川原からは、日本有数の芸能人輩出県である福岡の息吹を感じる。

佐賀出身の森永太一郎も凄い。6歳で父を亡くすと親戚中をたらい回し。その後、19歳で陶器商に勤め、渡米して陶器を売ろうとするが、結果は散々。公園のベンチで途方に暮れていると、上品な老婦人がキャンディを一つくれた。その美味さに感極まり、洋菓子職人になることを決意。のちに森永製菓を興した。

冷凍讃岐うどんで有名なテーブルマーク(旧カト吉)を創業した加藤義和は、香川県出身。父が戦死し、中学3年生のときに祖父が倒れ、家業の水産加工業を担うために、進学を断念。
自転車で朝3時半に家を出て、峠の山道を25キロ離れた琴平町まで、かまぼこを行商するところから会社を興した。「努力すれば道は開けると、15歳のとき体で経験した」と語っている。

三菱財閥を築いた岩崎弥太郎は土佐藩、現・高知県の貧農の生まれ。坂本龍馬の亀山社中などで商売の基本を会得。明治維新後、あらゆる分野に手を伸ばした。

世界的な模型メーカーの海洋堂の宮脇修も高知県出身。15歳で満鉄に就職し、中国で終戦。引き揚げ後、マグロ漁船乗組員、広告会社社員など30以上の職業を転々とし、64年に開業。

生理用品と紙おむつでユニ・チャームを巨大企業に育てた高原慶一朗は、愛媛県出身。29歳で前身の大成化工を立ち上げた立志伝中の人物だ。数多い名言のうち「会社は創業者のものではなく、未来からの預かり物だ」という言葉は、胸に刻まれるべきだろう。

前出の鈴木氏が語る。
「取材を続けてきて思うのは、人の役に立つのが面白くてたまらなくなった人がこれだけいたから、多くの企業があるということ。事業欲と金銭欲だけでは、会社は回らないんです」

強い意志を持った創業者たちがいる限り、ニッポンは大丈夫だ!!

1月7日公開のvol.4に続く・・・。

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