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記憶に残るスケーターになりたい熱い想いが生んだ日本初の金!

[美女アスリート]

2013年9月7日、ブエノスアイレスの地で2020年五輪開催地が東京に決定。スポーツには壁がある。それは記録であり、難しい技だ。それを乗り越えるため、選手たちは努力を重ね、ついに、それを果たす。その瞬間の感動秘話を紹介しよう!

心、技、体を磨き上げた女性たち 日本中が感動! スポーツ記録が生まれた瞬間 瞬間その4
荒川静香・フィギュアスケート トリノ五輪06年2月23日


そのとき、トリノ五輪の日本選手団は最大のピンチを迎えていた。総勢113人という大選手団を送り込みながら、終盤に入ってもメダルはゼロ。期待されたスピードスケート、スノーボード、ジャンプ競技などで不振が続き、選手団に対する失望感が日本中を覆っていた。
「フィギュアスケートの荒川静香が2月21日のショートプログラムで3位につけたので、なんとか頑張ってほしいと関係者は祈るような気持ちでした。ただ、サーシャ・コーエン、イリーナ・スルツカヤなどの強力なライバルがいましたので、銅にでも滑り込んでくれれば、というのが正直なところでしたね」(スポーツ紙記者)

とはいえ、ショートプログラムの得点は、コーエン66.73、スルツカヤ66.70、荒川66.02。3選手が、わずか0.71点の間にひしめく大接戦だった。

2月23日、
「このシーズンで引退」を心に決めていた荒川にとって、一世一代の勝負となるフリー演技が始まる。『トゥーランドット』のメロディーに乗って、難度の高いスピンやスパイラルを次々と決めていく彼女。アクセントに、大きく上体を反らせ、美しいシルエットを描くレイバック・イナバウアーを披露する。荒川が、競技では決して加点されることのないイナバウアーにこだわったのは、「ルールに縛られず、人々の記憶に残るスケーターになりたいと強く思ったから」(14年に出演したテレビ番組での発言)。

終わってみれば、トリプルループジャンプがダブルとなった以外、ほぼ完璧な滑り。フリーの得点125.32点、合計191.34点は自己最高得点であり、その時点での最高得点だった。
「後半のクライマックスにイナバウアーを持ってきたことが成功の要因ではないでしょうか。演技が終わったときの観衆のスタンディングオベーションが凄かった。"記憶に残る演技をしたい"という彼女の決意が観衆を感動させ、勝利を呼び込んだんです」(全国紙デスク)

この完璧な演技が、コーエン、スルツカヤの焦りを生む。2人はともに決め手となるジャンプで失敗し、得点を伸ばせず。2人の演技が終了した時点で、荒川の逆転優勝が決定した。"クールビューティー"と呼ばれたポーカーフェエイスを崩し、彼女は満面の笑みを浮かべた。
日本のフィギュア界にとって"史上初の金メダル"という記録が誕生した瞬間でもあった。

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