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激情型だった「徳川家康」がタヌキおやじに変貌したワケ

[週刊大衆04月27日号]

忍耐強く、狡猾(こうかつ)。本音を隠し、抜け目なくチャンスをうかがうタヌキおやじ。徳川家康にそんなイメージを持つ人は多いでしょう。しかし家康本来の性格は短気で、暴走しやすい激情型の男だったといわれています。その性格がよく表れているのが、武田信玄との三方ヶ原(みかたがはら)の戦い。

上洛を目指していたこのときの信玄にとって、徳川などたいした敵ではなかったのでしょう。家康が守っていた浜松城を黙殺し、素通りしようとしました。家康側が動かなければ戦(いくさ)は起こらない状況です。

浜松城で行われた軍議でも不戦論が主流。勝てる見込みのない戦いは避けるべきという意見が大半でした。ところが家康は、無視されたことに怒り心頭。反対意見を強引にねじ伏せて出陣し、信玄に戦いを挑んでいます。結果は徳川軍の惨敗。味方武将の多くを失い、家康自身も討ち死に寸前まで追い込まれ、命からがら遁走(とんそう)。恐怖のあまり馬の上で脱糞しながら逃げたと伝えられています。

これ以降、家康は生き残るため、自分の性格をムリヤリ押さえ込んだのかもしれません。緊張を強いられる場面になると必ず、内面の葛藤を示すようなクセが出たそうです。いくら注意されても直らなかった家康のクセとは?

(1)爪をかむ
(2)貧乏ゆすり
(3)歯ぎしり


答えはココを押す! 答え :(1)


出題:浜川卓也

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