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菊池直子容疑者「愛欲の17年」 vol.1

[週刊大衆06月25日号]

逮捕されたときの彼女には事件当時の面影はまったく残っていなかった。
何が女を、ここまで変えたのか!? 

6月3日午後8時頃、神奈川県相模原市緑区の木造民家の前で、警視庁の捜査員が一人の女に、「菊地か?」と問いかけると、彼女は観念したかのように「はい」と答えた-。

地下鉄サリン事件の特別指名手配から17年目。
オウム真理教元信者の逃亡犯で最後の2人のうちの一人、菊地直子容疑者(40)が身柄を拘束された瞬間だ。
「逮捕後に公開された写真を見ると、ふっくらした手配写真とはまるで別人。顔も体もかなり細くなっていたため、本人とは気づかない人も多かったはずです」(警視庁詰め記者)
その後、警視庁本部に移送され、殺人などの容疑で逮捕された菊地容疑者。
長きにわたる逃亡生活は、ついに幕切れとなった。

夕刊紙記者が語る。
「派手さこそないものの、いまの菊地容疑者は、男好きする妙な色気の持ち主。“酒井法子に似たスリム美人”という声もあったとか。実際に彼女の逃亡生活を検証してみたら、いつも男の存在が見え隠れしています。男を惹きつける何かをそな具えているんでしょうか」

そんな菊地容疑者の人生に初めて男の影が差したのは、90年4月、18歳の春。
相手はI氏(31 =当時)というオウムの在家信者。
当時のオウム大阪支部に近い彼の住居に、高校を卒業してオウムに入信したばかりの菊地容疑者が、居候することになったのだ。
のちにI氏が記した手記によると、この11畳、家賃4万円のワンルームマンションでの同居生活は、約1カ月にも及んだという。

若く健康な肉体を持つ男女2人だけの生活-。
信仰と本能の間で揺れながら、2人は抱き合ったことはあったが、一線を超えることは忌避できたという。

そして、地下鉄サリン事件で、特別手配犯となった95年3月以降-。
「逃亡生活という極限状態の中では、人間は肉欲にすがらなければ、正気を保てないのかもしれません。彼女は当初、林泰男死刑囚(54)と千葉県市川市内のアパートに潜伏するなど、逃亡を続けていた。その一方で、昨年12月に出頭・逮捕された平田信被告(47)とも関係していたようです」(前出・夕刊紙記者)

その後、埼玉県所沢市内の狭いマンションの一室で、男性逃亡犯4人と同居生活を送ることになる菊地容疑者。
しかし、96年11月、この5人のうち、2人が出頭し、1人はマンションで逮捕される事態に。
菊地容疑者は辛くも脱出したものの、このマンションに、1冊のノートを置き忘れてしまう。
それは、逃亡生活の悩みなどを、赤裸々に綴ったものだった。
「その“菊地ノート”は、林泰男への情念や、“平田信の肉体に対する愛着”が記されるなど、読んだ者が腰を抜かすような、ドロドロした内容の懺悔録でした。ノートを通して、教団への忠誠と、女の肉欲に揺れ動く心情が、透けて見えるようでしたよ」(長年、オウム事件を追ってきたフリーライター)

なんとか逃げ切った菊地容疑者はその後、同じく特別手配犯の高橋克也容疑者と合流。
行動を共にし、新横浜や川崎市内のラブホテルやマンションを転々とする生活を余儀なくされる。
02年頃からは川崎市幸区の3階建てアパートの1階の部屋に腰を据える。
10年に及ぶ、逃亡者2人の共同生活。
人目を忍ばざるを得ない日々に波紋が生じたのは、05年のことだった。

今回、菊地容疑者が逮捕されるまで、事実婚状態にあった内装業の高橋寛人容疑者(41=犯人蔵匿容疑)が、彼女の前に現われたのだ。
「05年頃、菊地容疑者と職場で知り合った寛人容疑者は、たちまち恋に落ち、猛アタックしたそうです。
菊地は2人の男の間で揺れ動いた結果、克也を捨てて、翌年からは新恋人の寛人と町田市内で同棲を始めました」(前同)

出会ってから半年後、寛人容疑者は菊地容疑者にプロポーズしたという。
しかし、彼女は「私は結婚するわけにいかない」と断わらざるを得なかった。
「そこで菊地は自分の素姓を、ようやく打ち明けたそうです。その後、彼は4~5回にわたり警察への出頭を促しましたが、彼女のほうが拒んだようです」(同)

逮捕直前まで2人が住んでいた相模原市緑区の民家に引っ越したのは、10年12月下旬だったという。

06月19日公開のvol.2に続く・・・。

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