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イギリス海軍の軍服・セーラー服が女学生の制服になった驚きの理由

イギリス海軍の軍服・セーラー服が女学生の制服になった驚きの理由

日本の女子中高生の制服はブレザーやボレロなど多様化してきているが、紺色の生地に白線が入った「セーラー服」は制服の定番として、今でも主流といえるだろう。

「セーラー服」はもともと、水兵・水夫(sailor)が着る服のことで、1628年にイギリス海軍で初めて登場し、1859年に制服として正式に採用された。特徴である大きな襟は、甲板上で音声が聞き取りにくいとき、立てて集音効果を得るためなど諸説あるが、定かではないらしい。また、襟の形は当初は円形だったが、縫い繕うのが簡単なため四角になったとか、胸元が大きく開いて逆三角形になっているのは、海に落ちた時にすぐ服を破り、泳ぎやすくするためという説もある。そのデザインは他国の海軍にも普及して、イギリス海軍を手本にしていた日本海軍でも、1872年に水火夫の制服として定められ、現在でもの海上自衛隊の海士の制服として採用されている。

そんな海軍の制服が、どうして日本の女子中高生の制服になったのかというと、実は軍国主義的な意味を帯びていたのだ。明治維新直後の日本の学校の制服は男女ともに和装だった。それが明治時代の末期から大正時代の初期にかけて洋服が普及していくと、男子生徒の制服に陸軍式の立襟で5つボタンのチュニック(丈が腰から膝ぐらいまでの上着)が採用された。これが当時の富国強兵の思想にマッチしていたらしい。

そして女子生徒の制服は、女性用の軍服がなかったため、陸軍に対して海軍の制服がモデルになる。1903年に生徒の服装を既に洋装に統一していた平安女学院(京都)が、1920年に日本で初めて、濃色のワンピースにセーラー衿がついた型の「セーラー服」を採用。ついで、1922年に福岡女学院(福岡)が、現在のセーラー服に近い、上下セパレート型を制服として採用した。当時としては、とてもモダンだったセーラー服は、エリートのイメージとあいまって好意を持って受け入れられ、全国に普及していったそうだ。

大戦中は物資不足になってしまい、「セーラー服」は「もんぺ」などの国民服にとって代わられるが、終戦後、再び全国各地の学校で女子生徒の制服として復活した。その後、1980年代には不良学生によってスカートの丈が長くなったり、1990代中盤以降には逆にミニスカ化が進むなど、女学生の間の流行も変化し、スカーフの結び方なども、学校や地方でいろんな特色も見受けられる。

さらに日本風「セーラー服」は海外の女子生徒にも波及して、台湾やタイなど、アジア各地で制服として採用された。サウジアラビアではアラビア語で「セーラーフク」と、日本語読みそのままの外来語として定着しており、戒律上の問題から学校内のみの着用になるが、採用している女学校があるそうだ。

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