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[プチ鹿島]世間に流布する「プロレス」の使われ方について


政治を語るときに使われる「プロレス」という言葉について考えてみたい。

断言してよいが、「茶番」「打ち合わせ済み」という意味で”勝手に“使われている。プロレスに全く興味のない人こそ簡単に使う。先日もコメンテーターが「これはプロレスで」とふつうに言っていた。お前は何を言っているのだ。

プロレスは、まず相手の技を受けるというのが基本だ。ロープに飛ばされたら、ちゃんと返ってこなきゃいけない。自分の強さを見せるのはそこから。そういう競技だ。

あなたは「プロレスは互いの信頼関係で成り立っている」という言葉を聞いたことがないだろうか。実はここが偏見や誤解が生まれやすい部分でもあり、重要な点でもある。相手の技を受けるということは茶番ではなく真剣勝負ということを理解しなければならない。

仮にあなたが異性とコミュニケーションを取る場合、自分の欲望だけ暴走したら、好ましい未来が「見える」だろうか? そうではないだろう。プロレス心が重要なのである。

では、プロレスはただお互いの技を受けるだけの「協力的な競技」なのか? いや、断じて違う。相手の技だけ受けていたら刺激も前進もない。相手を尊重しながら、いかに自分の主張を出していくか。

だから、プロレスは互いの思惑がぶつかり合っている。わずかな間隙を縫ってレスラーたちは自己主張してくる。踏み越えてくる(その瞬間を見つけることが観客の醍醐味でもある)。

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