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誰が作った?大相撲「待った」ルール

[週刊大衆08月10日号]

誰が作った?大相撲「待った」ルール

大相撲の仕切り時間は幕内4分以内、十両3分以内、幕下以下は2分以内。この時間内なら、いつ立ち会ってもOKです。しかし実際には、時間前に立つことはマレ。制限時間になっても立たず、「待った」をする力士も少なくありません。

相撲に「待った」が登場したのは享保年間(1716~1735)の頃。大関・谷風と関脇・八角の取組が最初だと言われています。

当時の谷風は無敵の強さを誇り、連勝街道を驀(ばく)進中でした。八角との実力差は明らかで、まともに戦えばまず勝ち目はありません。
そこで八角が考えたのが、じらし戦法。気合いを充実させた谷風が立とうとした瞬間に「待った」をかけることでした。これを何度も繰り返し、谷風の集中力が切れたところを一気に攻める作戦。これが成功して八角が勝ったことで、他の力士も「待った」を使い始めたようです。

これまでの取組で、最も「待った」が多かったのは、慶応元年(1865)の両國・鬼面山戦でしょう。
両者が延々と「待った」を連発。結局、立ち会うことなく「勝負預かり、痛み分け」。観客をウンザリさせたと伝えられています。

この取組での「待った」の回数、2人合わせて何回あった?

(1)40回
(2)70回
(3)100回


答えはココを押す! 答え :(3)


出題:浜川卓也

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