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1984年グリコ・森永事件 元刑事・北芝健が読み解く「未解決事件現場」後編

[増刊大衆07月26日号]

元刑事・北芝健が読み解く「迷宮入り事件」の真相 あの未解決事件現場を歩く

度重なる警察の失態で犯人を取り逃がした事件――だが、未解決となった裏にはもっと深い闇が潜んでいた

グリコ・森永事件
1984年から85年にかけて、連続して食品メーカーが狙われた一連の企業脅迫事件。 兵庫、大阪、京都、滋賀と複数の都道府県で発生したことから、全国の警察が協力して捜査に当たる警察庁広域重要指定事件114号となった。
事件の発端は84年3月18日の江崎グリコ社長誘拐と身代金要求。それを皮きりに、グリコ本社及び関連子会社に放火し、青酸ソーダ入り菓子を送りつけるなどして脅迫すると、標的を丸大食品、森永製菓、ハウス食品、不二家、駿河屋と次々に変えて脅迫した。森永脅迫の際は、実際に青酸ソーダ入り菓子を小売店にバラ撒き、日本中を騒然とさせた。
しかし、それぞれ現金を要求するも、犯人が指定した受け渡し場所には一度も現れず、事件は未解決になった。

日本の犯罪史上、きわめて異常な展開を見せた「グリコ・森永事件」。"かい人21面相"を名乗る犯人は、数々の食品会社を脅迫し、誘拐、恐喝、放火、毒物混入などの悪事を、約1年半にわたって繰り返した。また、警察やマスコミに挑戦状を送りつけ、報道されることを意識した立ち居振る舞いから、劇場型犯罪と呼ばれ、衆目を集めた。
しかし、「終結宣言」のあと、その動きはピタリと止み、結局、犯人が捕まることはなかった。

未解決になった原因の一つは、警察体制の不備に根深い問題があったことだと、北芝氏は指摘する。警察は犯人グループを、ある程度のところまで絞り込んでおり、不審人物に出くわす機会もあったが、あと一歩のところで逃げられているのだ。これにより、広域捜査における自治体ごとの連携の脆弱さや封建的な組織体制の弊害が露呈した。

だが、原因はそれだけではないと、北芝氏は言う。この事件には、さらに深い闇が潜んでいるというのだ。元刑事・北芝健が昭和の闇をえぐり出す!

『未解決事件の現場を歩く 激動の昭和篇』¥833(税別)双葉社
封印された「タブー」の真相を独自のプロファイリングで徹底検証。
科学の時代となった現在、いまだ謎残る惨劇の舞台を訪れてはじめて解き明かされる昭和の暗部、そして真犯人――。


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