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作詞家 故・石坂まさをが書き遺した藤圭子 母子への激烈メッセージ vol.3

[週刊大衆9月23日号]

石坂氏の思い出の中でも、やはり、娘の宇多田ヒカルとの出会いは衝撃で、原稿にも綴られている。

〈でも、一番印象に残るのは藤圭子が、宇多田ヒカルを歌手にしたいと、僕に頼みに来た事である。その時、彼女は「ヒカルは天才だから、絶対スターになる」と明言したが、僕はジャンルが違うので迷惑をかけるといけないので、丁寧にお断りした。藤圭子が僕の家に両親と来て母親が夢中になって純子を頼むと頭を下げた時、彼女は漫画を読んでいたが、藤圭子が母になって娘を売り込みに来た時も、娘ヒカルは偶然にも漫画を読んでいたのを思い出した〉

蜜月を築いた石坂氏と藤にも転機が訪れ、こう振り返っている。

〈あれはデビューして7年になる頃か、新聞に"藤圭子紅白落選"という記事が出た。そのショックで彼女は恐る恐る僕に告げたのだ「先生、事務所を変わってもいいですか」と。僕は、彼女のことを思いSプロを紹介した。藤圭子よ、さようなら。幸せに〉

石坂氏の絶筆原稿の藤圭子に関する部分は、ここで終わっている。

その後の藤圭子について詳しい説明は不要だろう。
81年に歌手活動を再開した彼女は翌年、米国で音楽プロデューサーの宇多田照實氏と結婚。
83年には長女・光が誕生した。
98年、15歳になった宇多田ヒカルのデビュー曲『Automatic』が大ヒット。

「夫や娘との確執が表面化した01年頃から、藤は海外を転々とし、06年にはアメリカの空港で所持していた約4900万円相当の現金を押収されるという事件も発生(後に全額返還)。07年に照實氏と7回目の離婚をした藤圭子は、ほぼ同じ時期に終の住処となった西新宿のマンションに移ったようです」(芸能ジャーナリスト)

石坂氏は疎遠になってからも、藤圭子のことは常に気にかけていた。
「石坂さんは、あんなに仲がよかった藤母娘が、照實氏との結婚後、疎遠になったことを気にしてました。ヒカルちゃんとも、もっといい関係が築けるはずだ、とね」(石坂氏の知人)

恩師であり、戦友でもあった石坂氏と、藤圭子はいま頃、天国でどんな会話をしているのだろうか……。
※本文中の歌詞は、JASRAC申請中。引用部のカッコ内は編集部注。

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