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幕末のビジネス訓?「鳴かぬなら~ホトトギス」には深い意味があった

幕末のビジネス訓?「鳴かぬなら~ホトトギス」には深い意味があった

「鳴かぬなら~ホトトギス」といえば、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康という、三人の天下人が鳴かないホトトギスを前にして、どんな対応をするのか、それぞれの性格をよく表した句だ。しかし、実際は本人たちが詠んだ句ではなく、出典や前後関係はあまり知られてないまま、『詠み人知らず』として後世に残ったらしい。

この句について書かれている文献として残っているのが、江戸時代後期の平戸第九代藩主、松浦静山(松浦清、静山は雅号)が隠居後に書いた随筆集『甲子夜話(かっしゃやわ)』の五十三巻で、引用すると以下のようになる。

『夜話のとき或人の云けるは、人の仮託に出る者ならんが、其人の情実に能く恊へりとなん。
郭公を贈り参せし人あり。されども鳴かざりければ、

なかぬなら 殺してしまへ 時鳥 織田右府
鳴かずとも なかして見せふ 杜鵑 豊太閤
なかぬなら 鳴まで待よ 郭公 大権現様』


「時鳥」「杜鵑」「郭公」は、いずれも「ホトトギス」と読み、「織田右府」は織田信長、「豊太閤」は豊臣秀吉、「大権現様」は徳川家康のこと。

最初の行に「夜話(宴会かなにか)で作者が聞いた話」とあり、静山の創作ではないことが分かる。
当時の平戸藩は財政が貧窮していて、静山は藩政改革に奔走していたそうだ。思い通りにならなかった家臣たちの扱いに思いを馳せながら、家臣を多く切り捨てている信長なら「使えないなら、即解雇」。人誑し(ひとたらし)と呼ばれるほどに相手の気持ちを掴む名人、秀吉なら「役立つように働かせる」。機運が自分に巡ってくるまで地盤固めに務めた家康なら「味方として働くまで待つ」といった、三者三様の家臣の操作術として例に出したのだろう。

夜話には続きがあって、再び引用すると、

『このあとに二首を添う。これ憚る所あるが上へ、固より仮託のことなければ、作家を記せず。

なかぬなら 鳥屋へやれよ ほとゝぎす
なかぬなら 貰って置けよ ほとゝぎす』

作者を出すのは憚られるなんて書いているうえに、「鳴かないなら売ってしまえ」や「鳴かなくてもとりあえず貰っておけ」などと、どこか投げやりに見えてしまうが、どうやら、既得権益にまみれた藩の役人たちへの揶揄だったようだ。どちらかというと、コチラの2句の方が、リストラや窓際族などを想像させて、今風に見えてしまうのだが……。

ちなみに、ホトトギスとは、カッコウ目・カッコウ科に分類され、ウグイスなどに托卵する習性で知られているる鳥類の一種だが、その特徴的な鳴き声を聴いてみよう。「キョッキョッ キョキョキョキョ」という鳴き声が、もしかしたら「本尊掛けたか」や「特許許可局」や「テッペンカケタカ」とも聞こえるかもしれない。

「ホトトギスの鳴き声」
https://www.youtube.com/watch?v=Zm9-TaWCWRM

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