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横浜DeNA・三浦大輔「強いチームで優勝するより、強豪を倒して優勝したい」~反骨の人間力

[週刊大衆08月24・31日号]

横浜DeNA・三浦大輔「強いチームで優勝するより、強豪を倒して優勝したい」~反骨の人間力

「強いチームで優勝するよりも、その強豪を倒して、優勝したい」

"横浜のエース"ってファンや、マスコミの方々からは、よく言ってもらうんですが、僕は、自分でエースだって思ったことは一回もないんですよ。2桁勝利を3年、4年も続けられて、やっとエースと呼ばれるようになると思うんですが、そんな成績を残していませんから。
球だって遅いですよ。思いっきり助走をつけて投げても絶対に160キロは出ません(笑)。無名の市立高校出身で、ドラフトも6位とそんなに期待もされていなかったんですよ。

ただ、なんとか、この世界で目立ってやろうって若い頃からずっと思っていました。入団してすぐに、リーゼントにしたり、球団のパーティでは、球団指定のスーツを着用しなければならなかったんですが、せめて靴下だけでも目立ってやろうと、真っ赤なのをはいていったり(笑)、目立つために色々なことをしました。

若い頃は、ブルペン入ると、とにかく、打たれろー、打たれろーって思いながら、試合を見ていましたからね。チームがどうこうではなく、とにかく、自分が勝ちたいし、目立ちたいって思っていたんで(笑)。

そういう気持ちでやってきて、1998年に、38年ぶりの優勝を経験できたときは、本当に嬉しかったですよ。ただ、その後の00年代がね。ペナントレースで100敗を阻止するというすごい次元の低いところで戦っていました。優勝の喜びをもう一度味わいたいと思っても、勝てない。力のある選手は、どんどん他球団へ出ていってしまうというまさに負のスパイラル。負けたら、ファンからビールかけられたり、試合中にゴミを投げ入れられたりね。

そんなとき、阪神に声をかけてもらって、かなり悩みました。親父も阪神ファンでしたし、小さい頃から甲子園によく行っていました。最後は、両親の近くで、親孝行するのもありなのかなと思いましたね。でも、今までの自分を振り返ったんです。地元が奈良なんですが、天理高校、智辯学園だとか強豪校がひしめくなか、僕の高校は、同学年の部員が5人とかの無名校。そこから強豪校を倒して甲子園にいきたいってがむしゃらに野球に取り組んだ。

結果的には、決勝戦で天理高校に負けちゃうんですけどね。
そういう反骨心というのか、それが、僕の原点なんですよ。強いチームで優勝するよりも、その強豪を倒して、優勝したいって思ったんです。

それから、阪神の方に直接会って、お断りをして、横浜の球団の人と腹を割って、どうやったら、本当に優勝できるのかとことん話したんです。
それで、とにかく自分ができることをやろうと思って、まず、球団の雰囲気を明るくしようと。当時は、負けた試合のあと、ロッカールームは、シーンっとしていて、"負けたのに、なにしゃべっとんの?"のような雰囲気だったんですよ。12連敗とかしたら、まー、口もきけなかった。

もちろん反省はしないといけないんですが、"落ち込んだって、どんどん気が滅入っていくだけやろ、それで勝てるなら、もうとっくに優勝してるよ。楽しく明るくやろうぜ"って選手たちに伝えるようにしたんです。まぁ、うちの今の監督が、あれだけ元気ですから(笑)。
だから、僕もマウンドでは、たとえホームランを打たれても絶対に膝をついたりはしない。本音では、めちゃくちゃ悔しいですし、泣きそうなんですけど、精一杯強がりますね。

いくらホームラン打たれても、まだ負けたわけではない。可能性がある限り、チームは勝利を信じて戦っていくのに、一人で負けたような空気を出すのがいやなんですよ。
その甲斐あってか、今チームの雰囲気はとにかく明るい。うちの打点係のロペス、バルディリスとかは、南米出身で陽気だから、試合前のロッカールームでガンガン音楽かけて、ノっていますよ(笑)。

チーム自体も、98年の優勝したときのような強いチームになりかけている段階で、手ごたえを感じている若手選手も多いと思いますよ。最近は、よく"200勝まであと30勝ですね"と言われるんですが、もちろんできることなら達成したいですが、それよりも本当にペナントレースで優勝をしたい。
優勝して、横浜から巣立った選手たちに、"いいチームになったやろ"って、胸を張っていってやりたいし、なにより勝てないときも応援してくれたファンに言いたいですね"横浜、応援してて、よかったやろ"って。

撮影/弦巻 勝


三浦大輔 みうら・だいすけ

1973年12月25日、奈良県生まれ。野球好きだった父親の影響で、野球を始める。91年のドラフトで横浜大洋ホエールズ(当時)から指名され、プロ野球選手となる。95年から先発ローテーションに加わり、98年には自己最多となる12勝をあげ、チームの優勝に大きく貢献した。05年には、最優秀防御率・最多奪三振を獲得。14年には、投手兼任コーチに任命され、チームの中心選手として41歳となった現在もマウンドにあがっている。愛称は“ハマの番長”。

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