日刊大衆TOP 社会

さらば民主党政権「裏切りの1000日間」全記録 vol.2

[週刊大衆08月20・27日合併号]

そんな腰砕けの菅政権を直撃したのが、「3・11大震災」という国家存亡の危機。民主党政権発足から541日目のことだった。

大震災発生当日、菅首相は、「政府として全身全霊、力を合わせて頑張る。国民の皆さんも、落ち着いて行動するよう心からお願いする」との緊急声明を発表。「ただ、一番落ち着いていなかったのが菅首相その人でした。その慌てふためきぶりが、震災を"人災"にし、被害を拡大させてしまいました」(官邸担当記者)

それまで散々、政治主導を標榜していた菅首相は、大震災発生当日には「緊急災害対策本部」を設置し、次々と"対策室"を新設した。「その数、20あまりにもなり、結局は"船頭多くして船進まず"状態に。そんな菅首相の動きが、原発事故対応が後手に回った最大要因だった点は否めません。亀井静香国民新党代表が"人を増やせばいいというものではない。バカ足すバカ足すバカは、やっぱりバカなんだ"と一刀両断していました」(前同)

菅首相が本部長となった「緊急災害対策本部」の第1回会合が開かれたのは、なんと、大震災発生から3カ月半が過ぎた6月28日。「そこでやっと復興基本指針が検討されることになりましたが、その間、官邸は枝野幸男官房長官の"ただちに健康に被害はない"という大本営発表を垂れ流すのみ。無能ぶりを公言したようなものでした」(同)

だが、「スピーディ」(緊急時迅速放射能影響予測システム)データを隠し、多くの原発周辺住民を被曝させた事実は、政権の無能云々の問題では済まされないものだ。「政治主導を奉ずるあまり、菅首相は霞が関官僚たちと敵対した。結果、震災直後から霞が関の情報が官邸に入らず、震災や原発事故対応が後手後手に回ったのは、いまでは永田町の定説です」(前出・浅川氏)

前出の山口氏も、菅首相の手腕に疑義を呈する。「司、司をうまく使うのが指導者の力量。その点、菅首相はすべてにおいて"オレが、オレが"で、指導者としてのバランス感覚を極端に欠いていました」

08月15日公開のvol.3に続く・・・。

この記事が気に入ったら
をしよう

いいね!

@taishujpさんをフォロー

大衆のオススメ


オススメタグ


人気記事ベスト10


日刊大衆公式チャンネル


Copyright(C) 日刊大衆 Futabasha Publishers Ltd. All rights Reserved.