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元陸自戦車連隊長分析 戦国合戦「NHK大河 軍師・官兵衛の兵法」 vol.02

[週刊大衆01月06・13年末合併特大号]

指揮官に課せられた最大の責務は「決断」することである。
情勢を沈着冷静に分析し、複数の特色ある行動方針を案出し、ベストの行動方針を決定して、これを指揮官の意志として全軍に示達し、その実行を命じなければならない。
この一連の思考プロセスを状況判断、「ディシジョン・メイキング」という。

状況判断の決め手は情報であるが、秀吉が入手した情報は「明智光秀が信長父子を討った」という第一報の断片情報のみである。
ひき続いて詳細な情報を得ることは期待できない。このような中で、羽柴秀吉はまったなしの「決断」を迫られたわけだ。

こうした緊急時にあって先ずやるべきことは、現状をどのように認識するかということである。
このためには、羽柴軍団の置かれた立場を冷静に分析しなければならない。

◆指揮系統が断たれ、最高司令官から命ぜられた「中国経営」という任務は消滅。羽柴軍団は独立した軍団となり、秀吉は自ら進退を決するトップの地位に立った。

◆羽柴軍団自体は子飼いの軍団ではなく、戦闘のための編成、いわば寄せ集めの集団である。大義名分を失うと、軍団自体が瓦解することもあり得る。

◆眼前の毛利軍とは対陣状態で、直接戦闘におよんでいないが、勢力的には毛利軍が優勢であり、かつ毛利軍は精強部隊である。

◆「信長死す」との機密情報を毛利軍はまだ手中にしていない。とはいえ、この情報はやがて毛利軍本営に達するであろう。

◆全般情勢、明智軍団の動向、特に近畿地方の諸将の去就は不明である。羽柴秀吉は現状をこのように認識し、独立軍団のトップとして、軍団の今後とるべき行動方針を次の2点に絞って考察した。

〈第1案〉――クーデターの首謀者明智光秀を誅殺して、主君かつ最高司令官の織田信長のかたきを討つ。

〈第2案〉――本拠地(姫路)に盤踞して、全般情勢を把握しながら、爾後の行動方針を決する。

結論を急ぐと、秀吉は第1案を選択した。
「毛利とただちに和平し、可能なかぎり速やかに明智光秀を誅殺するため、京阪地区に反転する」が、羽柴軍団長の決断であった。
作戦の目的を明確にして、これをトップから末端の一兵士にまで徹底することは【目的の原則】および【統一の原則】にかなっている。

このとき、秀吉が信頼を置いた軍師・黒田官兵衛は、「天下取りのチャンス」と意見具申したといわれる。だが、最終的な決断を下すのは指揮官である。
進言を容れた秀吉の胸中には、すでに「天下取り」という野望があったのだろう。

――【目的の原則】とは、目的および目標を明確にすることである。決定的な意義があり、かつ達成可能であるという条件をみたすものを目的・目標として設定し、設定した目的・目標は、最大限の努力を結集し、あらゆる妨害を排除して、強烈な意志をもってあくまでこれの達成を追求しなければならない。
また、【統一の原則】とは、全部隊および隊員の努力を統合して共通の目的に指向することである。このためには全部隊があうんの呼吸で有機的に結合された協同動作を行い、緊密な調整の実施、積極的な協力精神の発揮がその根底をなす。

何はともあれ、高松城を攻囲している羽柴軍団は、現状を脱して、すみやかに次期作戦に移行しなければならなかった。
新たな企図に応ずるため、戦闘を中止して敵との接触を解き(離脱)、あるいは敵から遠ざかる(離隔)防勢的戦術行動を、旧陸軍では「退却」、陸上自衛隊は「後退行動」、米陸軍は「レトログレイド・オペレーション」と呼ぶ。

後退行動は、通常、敵の攻撃により防御が困難となり、または破綻に瀕した場合に実施される。したがって、敵の強圧下で行われ、一歩間違えると壊乱状態となる。
羽柴軍団の後退行動は「明智光秀を誅殺するため、京阪地区に反転」するという自主的な行動であるが、毛利軍の眼前での危険な反転行動であることにかわりはない。

後退行動で重要なことは、敵に後方へ下がるという動きを察知されないことである。
情報の保全と同時に、後退する主力部隊を掩護するために、最前線に一部の部隊を残し、後方に主力および残置部隊のための収容部隊を配置する。

01月09日公開のvol.03に続く・・・。

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