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高校野球100周年記念「甲子園名将列伝」原貢監督(福岡県立三池工業高校・東海大学付属相模高校)

[増刊大衆08月30日号]

高校野球100周年記念「甲子園名将列伝」原貢監督(福岡県立三池工業高校・東海大学付属相模高校)

1915 年(大正4年)から始まった全国高校野球選手権は、今年で100 年を迎える。それを記念して、野球史に名を刻んだ名監督たちによる激闘の記録と涙のエピソードを取り上げていきたい。第3回は福岡県立三池工業高校と東海大学付属相模高校を全国制覇に導いた原貢監督。息子である原辰徳と、孫である菅野智之をプロフェッショナルに育て上げた、その破天荒でありながら緻密な指導方針を紹介したい――。

原貢 はら・みつぐ
●1936年、佐賀県神埼郡三田川村生まれ。読売巨人軍の現監督・原辰徳の父で、同じく巨人軍投手・菅野智之の祖父。社会人野球の東洋高圧大牟田(現・三井化学)を経て、高校野球の指導者となる。福岡県立三池工業高校の野球部監督に就任し、1965年に全国高校野球大会出場に導くと、その大会で優勝。甲子園初出場にして全国制覇の快挙を成し遂げたことで注目を浴びた。その後、東海大学付属相模高校の野球部監督に就任し、ここでも全国制覇。また74年、同校に入学した長男・辰徳との“父子鷹”が話題となった。77年、辰徳の東海大学入学とともに、同大学野球部監督に就任。ここでは首都大学リーグ通算13度の優勝を達成する。2014年に心不全のため死去。享年78。

監督としての甲子園通算成績
春:出場2回、3勝2敗、準優勝1回(1975年)
夏:出場7回、14勝5敗、優勝2回(1965年、1970年)

違う土地の高校でそれぞれ日本一に

今夏、100周年を迎える高校野球だが、異なる高校で采配を揮(ふる)い、いずれも甲子園大会で優勝を遂げた監督は、3人しかいない。原貢(三池工、東海大相模)、木内幸男(取手二、常総学院)、上甲正典(宇和島東、済美)である。

貢が他の2人と一線を画しているのは、木内や上甲が隣り町の高校を指揮して優勝したのに対し、炭鉱町と新興住宅地という、まったく違った風土で日本一を成し遂げた点にある。
昨年、心筋梗塞と大動脈解離で倒れ、5月29日に帰らぬ人となったが、彼の偉業は、高校野球史に燦然と輝いている。言うまでもなく、彼の長男は巨人軍監督の原辰徳である。

〈僕の描く"監督像"の原点は、もう一人の「原監督」にある。「原監督」――つまり、僕の父から受けた影響は、とてつもなく大きいものだ〉(原辰徳著『原点』)

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