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キングコングの黒歴史!? 知られざるアイドル『WEST SIDE』とは

キングコングの黒歴史!? 知られざるアイドル『WEST SIDE』とは

「M-1グランプリ」2001年大会で、芸歴2年3か月という最短記録で決勝進出(7位)を果たしたお笑いコンビ、キングコング。ツッコミ・ネタ作り担当が西野亮廣(35)で、ボケ担当が梶原雄太(35)だが、実はこの二人、「M-1グランプリ」初挑戦と同じ頃、当時の「お笑いがアイドル化」する波に飲まれてしまい、屈辱的な経験をしていたことをご存知だろうか?

それは、関西テレビで放送されていたバラエティ番組『紳助の人間マンダラ』内で、吉本興業所属の若手芸人から「男前」で「歌って踊れる芸人」を発掘するオーディション企画から始まった。
当初、合格したコンビは、ランディーズ、ロザン、ライセンスの3組だったのだが、ライセンスはアイドル活動に不満を持っていたため、ユニット不参加と東京進出を決断。その代わりに加入することになったのが、吉本総合芸能学院を卒業したばかりの人気コンビ、キングコングだったのだ。
当初のユニット名は「男前組」で、企画発案者が島田紳助(59)、デビュー曲の作曲担当がブラザー・コーン(59)、プロデュースが布川敏和(50)と、なにかと香ばしい顔ぶれ。沖縄アクターズスクール大阪校でダンスレッスンを受け、CDデビュー時にブラザー・コーンと初対面したところ、彼の思いつきでユニット名が「WEST SIDE」に変わったそうだ。

2001年1月にシングル『WEST LOVE SHINE』(東芝EMI)でデビューすると、関西オリコンで初登場第2位と出だしは順調。その後も2ndシングル、アルバム、写真集、DVDなどを発売し、Zepp Osakaやルミネtheよしもとで行ったライブも大盛況だった。



しかし、アイドル活動に積極的なメンバーがいた反面、キングコングの二人は乗り気ではなかった。「WEST SIDE」として活躍することで、ファンから芸人ではなくジャニーズのようなアイドルに見られてしまい悩んでいたことを梶原は語っていた。
「(俺らの)ファンは今までは真剣に漫才を聴いていたのに、『WEST SIDE』加入後、漫才のステージに立った瞬間、キャーキャーと声援がうるさく、漫才を始めても一向に声援を止めないので、『うるさい!』と注意して静かになってから漫才を始めていた」
つまり、キングコングのファンは、二人の芸が面白いからではなく、カッコイイから集まっていたのだ。

同期の芸人たちは、漫才やコントの完成度を高めるため、ひたすら努力しているのに、自分たちはダンスや歌など、アイドル活動に明け暮れ、芸を評価されることなく、人気だけが先走るばかり。2003年10月のユニット活動停止後、2007年に再び「M-1グランプリ」の決勝に進出(3位)するまで、キングコングの二人には「WEST SIDE」は、芸人としての足かせになっていたようだ。

はたして、現在の二人には「WEST SIDE」は、恥ずかしい黒歴史なのだろうか? それとも懐かしく輝かしい思い出なのだろうか?

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