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元陸自戦車連隊長分析 戦国合戦「NHK大河 軍師・官兵衛の兵法」 vol.04

[週刊大衆01月06・13年末合併特大号]

400年前に羽柴軍団が行った行軍速度33キロ/日は、【機動の原則】の発揮であった。
昭和14年のノモンハン事件において、歩兵第71連隊はハイラル-アムログ間185キロを、酷暑、炎天下で約30キログラムの個人装具を背負って、5日間で徒歩行軍しており、平均速度は37キロ/日である。
旧陸軍の大部隊の連続行軍(徒歩者主体)の標準は、1日24キロ(6里)であった。

――【機動】は、作戦または戦闘において敵に対して有利な地位を占めるために、所望の時期と場所に所望の戦闘力を集中する、部隊の移動をいう。
戦闘力は質量と速度の相乗積である。ナポレオンは勝利に不可欠なものとして運動エネルギーの公式「E=M× 2V÷2」を具体的にあげている。Mは軍隊の質と量、Vは移動速度、移動速度Vは二乗の価値がある。ナポレオンのやり方は一日に25マイル(40キロ)行軍し、戦い、その後、野営につくことであった。

6月12日、羽柴軍団と明智軍団は山崎の隘路を挟んで対峙し、13日午後、羽柴軍団は全力をもって攻撃に移り、わずか数時間の戦闘で明智軍団を撃滅した(山崎の合戦)。
羽柴秀吉の"中国大返し"は日本戦史に燦然と輝く金字塔である。
のちの太閤秀吉は、天下制覇への大機動を生涯、自慢にしたという。

この奇策が軍師である黒田官兵衛の発案によるものだったかどうかは、いまとなってはわからない。
ただ、羽柴秀吉軍団は、備中高松城の水攻めから、中国大返し、山崎の合戦に至る局面で、現代戦にも通じる普遍の「戦場の方程式」を見事、解いている。

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