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実は昔から多かった!? 昭和に活躍した「ハーフ芸能人」クロニクル

実は昔から多かった!? 昭和に活躍した「ハーフ芸能人」クロニクル

最近テレビなどで大活躍なのが「ハーフ芸能人」。なかでもベッキーやローラ、トリンドル玲奈、ダレノガレ明美らの女性のハーフ芸能人は、その姿をテレビで見ない日はないといっても過言ではないだろう。

もっとも、ハーフ芸能人が注目されるのは今に始まったことではない。テレビなどで活躍するハーフ芸能人は、昭和の頃からけっこう多かったのだ。ここでは主に1970年代に活躍したハーフ芸能人を振り返ってみよう。

山本リンダ(64)
まずはあの山本リンダ。66年、『こまっちゃうナ』でデビュー。刺激的なヘソ出しルックと阿久悠・都倉俊一のコンビによる作詞作曲で大ヒットした『どうにもとまらない』や、ウララ・ウララの特徴的歌詞でヒットした『狙いうち』は、いまでも口ずさめる御仁も多いはずだ。父親がアメリカ人、母親が日本人のハーフ。父親は彼女が1歳の時に朝鮮戦争で戦死し、女手一つで育てられたという。ちなみにリンダは芸名で、生前父親に付けられた愛称なんだとか。

キャロライン洋子(53)
1960年代後半から70年代にかけて、テレビやCM、ラジオ、舞台など幅広く活躍したのが、アメリカ人の父と日本人の母を持つキャロライン洋子。クイズ番組のほか、『長くつ下のピッピ』などの吹き替え、舞台『キャンディキャンディ』で主演を務めたことなどを覚えている人も多いかもしれない。ちなみに19歳でアメリカに移った彼女はオレゴン州立大学に進学し、やがてタレント活動を停止。その後、ヒューレットパッカード社に入社し、現在も人工知能の研究員として働いているという。

黒沢浩(55)
また、キャロライン洋子の実兄にあたる黒沢浩も、子供服のモデルを経て、1970年代に俳優デビュー。『少年探偵団』の小林少年などを演じている。こちらは芸能界を引退後、日本テレビのディレクター、プロデューサーを経て、制作会社を設立し、現在も社長として活躍中だ。

エバ(62)
1970年代前半にはメンバー全員がハーフという女性アイドルグループ「ゴールデンハーフ」が活躍している。そしてグループ解散後、バラエティ番組で人気を博したのが、スペイン人の父と日本人の母を持つエバ。元祖バラドルともいわれる彼女は『お笑いマンガ道場』『笑って笑って60分』『霊感ヤマカン第六感』などにレギュラー出演。ヒットバラエティー『お笑いマンガ道場』では「ダン吉、エバのおまけコーナー」なども担当したので、覚えている御仁も多いだろう。

シェリー(57)
フランス人の父と日本人の母を持つシェリーは、1970年代に元祖「ハーフ美少女アイドル」としてデビュー。『an・an』『non-no』のモデルを務めた後、篠山紀信撮影による『プレイガール』の表紙で話題を集め、『17才の素顔』で歌手デビューを果たした。ちなみに娘は『推定少女』のLissa。ただし、現在ハーフ芸能人として活躍中のSHELLYとはなんの関係もない。

石川セリ(63)
アメリカ人の父と日本人の母を持つ石川セリは、1971年に映画『八月の濡れた砂』の主題歌でデビューし、翌年にシングル『小さな日曜日』でレコードデビュー。現在は井上陽水の妻として知られている。


昔懐かしのハーフ芸能人を振り返ってみると、現在の人気ハーフ芸能人の元祖的な存在もチラホラ。このあたりの視聴者の嗜好は、今も昔もあまり変わっていないのかもしれない。

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