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菅元首相も怒鳴りつけた!!福島第一原発・吉田所長逝く

[週刊大衆8月5日号]

「強力なリーダーシップを発揮し、事故がさらに拡大するのを押しとどめるのに大変な苦労を果たした。大学の後輩であり、ある意味、戦友とも言える人だった」
こう菅直人・元首相が悼むのは、7月9日に食道がんで逝去した、東京電力福島第一原発の吉田昌郎・元所長(享年58)である。

ご存じのとおり、この2人は東日本大震災による津波で福島第一の原子炉冷却装置が破壊されたときに激しく衝突した関係だった。
「炉心の温度が上昇し、このままでは爆発する……。そんな状況でも菅元首相は海水注入での冷却という応急処置を渋り、それを受けた東電本店は吉田元所長に対し、すでに行われていたこの作業の中断を指示。しかし、吉田元所長は“絶対に止めるな!”と一蹴したんです」(全国紙社会部記者)
事故発生以来、収束に向け第一線で指揮を執った吉田氏は、会社上層部どころか首相にも一歩も譲らず、福島第一の“爆発”を防止。当時の原子力安全委員会委員長・斑目春樹氏に「吉田元所長の働きがなければ、さらに最悪の事態も考えられた」と言わしめたのだ。

吉田氏は“安全地帯”にいる東電本店とのテレビ会議などでも吠え続けた。
「ベントを開ける操作してますんで、ディスターブ(邪魔)しないでください」
「ただ水入れりゃいいと思ってたのかよ。爆発したら死んじゃうんだぜ」
こうした、喧嘩上等で物申す“男気”が過酷な現場を力強く牽引し、事故拡大を防いだといわれる。

食道がんが発覚して現場離脱後の昨年8月には、福島で開催されたシンポジウムにビデオ出演。「放射能がある現場に何回も行ってくれた同僚たちがいる。私は見てただけ。部下は地獄の中の菩薩」と“子分”を労う気持ちも表している。

「大阪出身で浪速の男らしく、ゴルフや居酒屋では冗談ばかり言う楽しいヤツだったよ」(東電の元同僚)
79年に本社採用されながら、東電内部では“傍流”とされた現場に生涯こだわり続けた吉田氏。原発事故に向き合って逝った“ケンカの達人”に合掌。

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