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中日 落合GMとドアラ知られざる愛憎10年

[週刊大衆01月06日・13日合併号]

「天才は他人に理解されない」とは、中日ドラゴンズ・落合博満GM(60)のためにある言葉かもしれない。

その落合GMのほとんど唯一と言っていい理解者をご存じだろうか。
「球団マスコットのドアラです。おそらく球界で最も人気のマスコットで、集客にも貢献していますね」(名古屋の地元誌記者)

ビールかけに参加し、著書まで出版するなどのやりたい放題ゆえ、毀誉褒貶が激しいドアラだが、落合氏はその最大の理解者だった。
両者の友情の発端は04年に遡る。

この年、落合氏は大抜擢で監督に就任し、ドアラも背番号『000』から、デビュー年である『1994』に一新した。
「ある意味、新人のような二人が惹かれ合ったのも当然かもしれません。ドアラはグラウンドでの突拍子のない行動と、誰とも喋らず、筆談するキャラで知られますが、落合さんとだけは会話を交わす。落合さんがラジオ番組に出演した際"(ドアラと)喋るよ。普通の話。中味は想像して"とバラしました」(テレビ局関係者)

両者の深い絆を物語るのが、以下のエピソードだ。
07年のファン感謝デーで、落合氏がドアラに「ずいぶんユニフォームが色あせてきたな。新しいのを買ってもらいな」と温かい言葉をかけ、「ドアラチームはオレとお前だな」と盟友宣言。

08年に初の自著『ドアラのひみつ~かくさしゃかいにまけないよ』を出版した際には、落合氏は推薦文を寄稿している。

11年の監督退任に際してドアラは、「こういう時がきたか…。さびしいかぎり」「本当に色々とおせわになりました。ありがとうございます」「忘れないで、覚えててください」と号泣のコメントを残した。

そして、今オフ。
両者は再会を果たしたわけだが、皮肉にも、その立場は互いに対立するものだった。
「落合GMは選手との契約更改で大ナタを振るいましたが、ドアラ相手でも、それは同様です。8月下旬に左中指を骨折し、トレードマークのバック転もほとんどできなかったドアラは、年俸の食パンも25%減と大幅ダウン。しかし、これは落合さん一流のハッパでしょうね」(スポーツ紙記者)

落合GMとドアラは友情を取り戻せるのか?
中日球団広報に尋ねると、「そんなこと、答えられませんね」と、ドライなお返事。

初対面から10年、落合GMとドアラの泣き笑い人生模様は、新局面を迎える。

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