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一周忌追悼…名優・菅原文太が残した「日本人へ最後のメッセージ」

[週刊大衆12月07日号]

一周忌追悼…名優・菅原文太が残した「日本人へ最後のメッセージ」

<大事なことは心の中で、こう自分で自分に言い聞かせることなんだ。『弾ぁ、まだ残ってる』。(中略)その弾が当たらなくても、懲りずに自分には『弾ぁ、まだ残ってる』と粋がって生きてりゃいい。その繰り返しだよ、男の人生なんてもんは>(『週刊プレイボーイ』2014年12月12日号)

 菅原文太(享年81)――生命という“弾”を撃ち尽くして逝った名優がこの世を去った昨年11月28日から、1年が経とうとしている。映画『仁義なき戦い』や『トラック野郎』シリーズでの男らしい姿に、はたまた、国の未来を案じる言動の数々に、魂を揺さぶられた読者も多いことだろう。そこで一周忌を前に“文太兄い”が残した数々のメッセージを紹介しよう。

 1958年に映画デビューした文太兄い。73年に始まった『仁義なき戦い』シリーズでは、主役・広能昌三を演じた。「前向いても崖、後向いても崖やで。あんじょう性根を入れて歩くこっちゃな」「こんなも、ここらで男にならんと、もう舞台は回ってこんど」

 仁義を守る“漢の心意気”を教えてくれた“永遠のアウトロー”の姿は、文太さん自身と重なり合った。<おれの生き方の基準になっていることは人間として恥ずかしいことはしないということだ。信義を持ち合える人間とは信義を守る。(中略)おれのこういうものが自然とやくざ映画に巡り合ったんだ>(『アミューズ』94年7月13日号)

 そんな大スターが、役者業の引退を宣言したのは、東日本大震災の翌年、12年11月のことだった。<いまの日本は、問題がありすぎて……ほとんどの事柄というか、日本がこんなに低下した時代はないんじゃないかな>本誌13年10月14日号でも、こう語っていたように、以降は国の行く末を案じ続けた。

 中でも、強い関心を抱いていたのは「食と農業」だった。自身、09年から山梨県の北杜市に居を移し、農業生産法人を設立。耕作放棄地を利用して有機農法による農業に取り組んだ。<世界中に農業はある、人間が育っていく基本が食べ物だよ。どんなに豪邸に暮らそうが、5000万円の車を持って遊びに行こうが、食い物がなきゃ生きていけない>(週刊大衆「人間力」より)また、03年から昨年12月まで、ニッポン放送で放送されたラジオ番組『菅原文太 日本人の底力』でも、パーソナリティとして、さまざまなテーマについて語っている。

 一周忌となる28日に、書籍として発売されるが、その言葉は、すべての日本人への“最後のメッセージ”と言えるだろう。まずは、農業への提言から。<工業生産というベルトコンベアから食べ物は下ろして、手作りの本来の姿に戻していかなくては>また、「原発と復興」に関しても言及している。<この先5年かかっても10年かかっても、何かに向かって戦い続ける。それは権力かもしれないし、国家かもしれない。それとも無関心でいる日本の人々かもしれない>(『日本人の底力』より)

 震災前と変わらず、金儲けしか考えない“無関心な日本の人々”に対しては、<いい暮らしをしたいと思っているけど、そんなものは幻想なんだ。この世に生まれたからには死ぬまでひたすら働く。汗をかいて。そうした懸命さ、ひたむきさが、人間として尊いことだと思う>(『女性自身』12年5月22日号)

 国民的スターは、勤勉な日本人の底力をどこまでも信じていたのだろう。<本物のヒーローというのは、夢も絶望も含めてかき立てるようなものでなくちゃだめなんだ>(『主婦の友』92年5月号) 日本の未来を憂う、その熱き言葉は、死後も私たちの心を揺さぶり続ける。

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