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もしかしたらデビューしなかったかも? 田中裕二に福山雅治、バイトに熱心すぎた芸能人たち

もしかしたらデビューしなかったかも? 田中裕二に福山雅治、バイトに熱心すぎた芸能人たち

 ミュージシャン、俳優、お笑い芸人と、今や表舞台で華々しい活躍をする芸能人たちにも、もちろん長い下積みの時代があった。そんな彼らがやっていた、今の姿からはちょっと想像がつかない意外なアルバイトの数々を紹介しよう。

●福山雅治(46)……長崎から上京後、新宿のピザ店でアルバイト。長崎弁がなかなか抜けなかったため「長崎クン」と名付けられ、その挙句に、田舎臭さが店の雰囲気に合わないということで3カ月でクビに。その後、運送会社、材木会社で働いており、所属事務所アミューズのオーディションで提出した履歴書には特技を「材木担ぎ」と書いたという。面接官が思わずそこに食らいつき、そこから合格したというのだから、世の中なにがどう転がるのかわからない。

●妻夫木聡(34)……ファミレスの厨房、テレフォンアポインター、引越作業員にデリバリースタッフなど、働き者の王道を行っていた。また、横浜スタジアムでビールの売り子もやっていたのだが、背が高いため当時は阪神ファンの観客から「邪魔で試合が見えない」と怒鳴られたりもしたという。そんな彼も今ではテレビコマーシャルでビール会社の顔になったのだから面白い。

●吉田美和(50)……ミュージシャンを目指して北海道から上京。渋谷パルコの時計店でアルバイトを始める。満員電車が苦手でどうしても電車に乗りたくなかったため、バイト先に近い道玄坂の上に住んで歩いて通っていたという、頑固な面があった。梅雨の時期には、職場のエアコンが身体に堪えたため、仕事中に気を失い倒れてしまったこともあるとか。

●爆笑問題・田中裕二(50)……仕事が激減していた一時期、コンビニでアルバイト。あっという間に店長候補にまで出世し、そのあまりにイキイキと働く姿に同じコンビニで働いていた太田光代(太田光夫人・現タイタン社長)は、コイツはこのままお笑いをやめてコンビニに店長として就職してしまうのでは、と不安に思っていたという。そしてその時期、相方の太田はアパートでずっとゲームをしていた、というのは有名な話。

●JUJU(39)……高校時代のアルバイトは喫茶店のウエイトレス、そしてなぜか魚屋の店員も。卒業後にジャズシンガーを目指してニューヨークへ留学したもののズブズブとクラブ通いにはまってしまい、このままではダメ人間になると思い、現地で始めたのが洋服店でのアルバイト。結局そこで8年もアルバイトをすることになる。映画監督のフランシス・コッポラが来店したときには大興奮してしまったとか。

●ドランクドラゴン・塚地武雄(44)……もともと仏壇メーカーの営業職でサラリーマンだったが、お笑いを志して退職した後、色々なアルバイトをする。そのときにやったアルバイトのひとつが墓石のカウント。各地の霊園を回り、ただひたすら昭和50年以前の墓、以後の墓を調べて計数機でカウントする、というナゾの仕事。慣れてくると墓石の色を一目見ただけで区別がつくようになり、走りながらカチャカチャとカウントをしていたという。

 若い頃の苦労は買ってでもせよ、とはよく言われるが、まさにその通り。あとあと確実にネタ話という一生どこでも使える財産になるのだから。

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