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俳優・津川雅彦「何があっても、起こったことはすべて正しい」~不幸を幸せに変える人間力

[週刊大衆12月14日号]

俳優・津川雅彦「何があっても、起こったことはすべて正しい」~不幸を幸せに変える人間力

 僕って、能天気なんですよ。人間なら生きていれば、壁にぶつかって思い悩むことが、度々あると思うんです。役者だって、頭抱えている人をいっぱい見てきましたよ。

 ところが、僕は壁にぶちあたったって思ったことがないんだよね。テレビで自分の出演シーンを見返しても、“おお、よく、やってるじゃないか”って思っちゃう(笑)。だから、反省もあまりしないんですよ。ある時、てっちゃん(黒柳徹子)から、病気なんじゃないかって言われたくらいですから(笑)。幸運だったんでしょうね。人から見たら、窮地に陥ったと思われるような時期は何度もあったんですよ。でも、そのときに、必ず誰か救いの手を伸ばしてくれる人がいた。日活から、松竹に移籍してゴタゴタしたときも、不倫スキャンダルで仕事がなくなったときも。“おまえは、世間から嫌われているんだから、悪役をやれ”って言ってくれる先輩がいた。それが『必殺仕事人』シリーズだった。

 僕は、自分の気に入らないことには、一切耳を貸さない性格なんです。そんな僕でも“それ、いいな”って思えることを提案してくれる。いい友達を持っているんですよ。子どもの頃に、母親に可愛がられすぎてね。高校2年生のときに、映画デビューしたんですが、母親が撮影の合宿所に泊まり込みでついてきたぐらいでしたから(笑)。母親以外に味方がいないと思っていたので、友達ができること自体が珍しかったんですよね。

 たまに僕のために無垢な気持ちで何かやってくれる人がいると、貴重な人だなって大事にしようと思っていました。その分、深いつきあいができたのか、本当に友達に恵まれましたね。だから、壁にぶつからずに生きてこられたんだと思います。あとは、何があっても「起こったことはすべて正しい」と思うこと。それは僕の座右の銘でもあるんですが、そう強く思うきっかけは、生まれて5か月の娘を誘拐されたときですね。

 あの事件は、今考えても人生において一番の不幸。でも、僕が役者であるために、娘に大きな迷惑をかけてしまった。それが、本当に申し訳なくて、僕は娘にとって世界一の父になるってそのときに決めたんです。それからは娘のためならなんでもやるという気持ちで子育てをしてきました。そのおかげか、娘はもう41ですけど、いまだに世界一大好きと思ってくれていると思いますよ。まあ、そう思うように騙されているのかもしれませんがね(笑)。

 そうなれば、誘拐犯が恩人だと思えるんです。不幸な事件ではあったけど、そのおかげで、親子が仲良く生きてくことができたわけですから。だから、不幸な出来事が起こったことが、実は正しかったと思えるように、行動していかなければならないという思いが、僕の人生を積極的にする気合いになるんです。

 その娘が生まれたときに、一番最初に読んで聞かせたのが『星の王子さま』だったんです。それだけに思い出深い作品でしたし、娘に読んであげたら、娘が“王子さまかわいそう”って泣いたのをいまでも覚えています。小さな星にひとりぼっちだからって。作者のサン=テグジュペリが言いたかったであろうことをポンと感じとる子どもの感性と感じさせる作者はすごいなって素直に思いましたね。

 子ども向けの作品かと思いきや、大人が読むと、これがまた深い。おじいさんから小さい子どもまでが楽しめる話ってそうはないでしょう。世界中で読まれている作品のその後を描いた作品『リトルプリンス 星の王子さまと私』に、声優として出演させて頂けたのは、光栄でした。こんな仕事がまた頂けるように、能天気にハッピーなまま人生を過ごしていきたいですね。

撮影/弦巻 勝

津川雅彦 つがわ・まさひこ
 京都府出身。1940年、日本映画の父と呼ばれる牧野省三の娘で女優のマキノ智子と澤村國太郎との間に生まれる。兄は俳優の長門裕之。56年に『狂った果実』で本格的に映画デビューを果たし、82年には『マノン』でブルーリボン最優秀助演男優賞を受賞。93年に『濹東綺譚』で同優秀主演男優賞を受賞し、14年には旭日小綬章を受章。これまでに300本以上の作品に出演する日本を代表する俳優。

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