日刊大衆TOP 社会

尖閣、竹島の歴史捏造も朝飯前!! 中国と韓国「赤っ恥ウソつき合戦」実況中継 vol.1

[週刊大衆09月10日号]

いまや一触即発の東アジア情勢。「8月10日に、李明博大統領が韓国のトップとして初めて竹島(島根県)に上陸したのに続き、15日には、香港の活動家たちが尖閣諸島(沖縄県)の魚釣島に、海上保安庁の警告を無視して強行上陸し、中国と台湾の旗を掲げました。立て続けに仕掛けられたこれらの挑発に、わが国ではロンドン五輪のお祭りムードが吹っ飛んでしまいました」(全国紙国際部記者)

中国は尖閣諸島を、韓国は竹島を「自国領土」と、それぞれ主張するが、いうまでもなく、これらは日本固有の領土である。

まずは尖閣諸島から検証してみよう。同地が日本領土に編入されたのは1895年。14年後には、99戸248人が住んでいた。

「1919年12月、福建省の漁船が難破し、31人が魚釣島に漂着。このとき、島民らが手厚く保護したことに対し、当時の中華民国総領事名で、感謝状が贈られています。そこにはハッキリ、『日本帝国八重山郡尖閣列島』と記されていた。中国政府も日本の領土と認めていた有力な証拠です」こう解説するのは、外交評論家の井野誠一氏だ。

「60年の中国発行の世界地図でも、日中の境界線は与那国島と台湾本島の間になっています。島名も中国名の『釣魚島』ではなく、日本名の『魚釣島』と記されていますよ」(前同)

中国が領有権を主張し始めるのは、70年代以降だ。
「この頃、周辺で石油資源埋蔵の可能性が出てきたため、ソロバン勘定から豹変したのでしょう」と、中国問題にも詳しいジャーナリストの坂東忠信氏が分析する。続けて、「04年1月に、中国の活動家が『中国領土』と刻んだ石碑を尖閣列島周辺海域に投入していたことがわかっています。これが50年後、100年後に発見されれば、それは彼らの主権の及ぶ範囲を示すものとして利用されかねません」

なんと、はるか未来を見越して、コツコツとインチキ碑文を作り、海中に沈めているというのだ。「また、これとは別に中国政府自体も、領海基点を沿岸各地に設置していますが、解放軍のある少将は、"この基点を繋ぐ領海基線で尖閣を囲い込め"とまで主張しています」(前同)

一方の竹島は、江戸時代から日本人が居住していたことがわかっている。

国際問題評論家の小関哲也氏が解説する。「法的に竹島は、1905年の閣議決定で日本領土となっています。韓国が横槍を入れ始めたのは、第二次大戦後。サンフランシスコ講和条約(51年)の翌年、当時の李承晩大統領は、日本の敗戦処理のどさくさに紛れ、竹島を実力占拠してしまったんです」

当時、北朝鮮が海から攻撃してくるのを警戒していた韓国は、軍事的理由から竹島を重要視。それ以降、同島は韓国側が占拠し、現在では、数十人の韓国海洋警察隊が駐屯している。

「かつて、大平正芳内閣のときも、わが国は"国際司法裁判所で決着をつけよう"と提案したんですが、今回同様、韓国側は一切応じていないんです」(前同)

韓国の主張する論拠の一つは、李朝時代の古文書『粛宗実録』だが、同時期に広く使用されていた『八道之図』という地図と照らし合わせると、島の位置などで矛盾が生じる。
「つまり、韓国側が証拠として採用しているものは、極めて怪しい代物なんです」(前出・井野氏)

かように、尖閣諸島も竹島も、中国、韓国側が歴史を捏造して領有を主張しているのだ。しかし、両国のウソは、昨日今日に始まった話ではない。前出の国際部記者が例に挙げるのは、「日本海」の名称だ。

「韓国側はいまも、"史実からして『東海』と名乗れ"と主張しています。『日本海』という名称は、"日本が帝国主義時代、強引に史実をねじ曲げて世界に広めた呼称だ"と……」

だが、19世紀初頭から、世界各国の地図には「Japan Sea」と記されていたといわれる。
「日本は当時、江戸時代で鎖国中。他国が勝手につけた名前を、わが国は追随して使っているに過ぎない。韓国側の主張は、まったくのデタラメなんです」(同)

09月04日公開のvol.2に続く・・・。

この記事が気に入ったら
をしよう

いいね!

@taishujpさんをフォロー

大衆のオススメ


オススメタグ


人気記事ベスト10


日刊大衆公式チャンネル


Copyright(C) 日刊大衆 Futabasha Publishers Ltd. All rights Reserved.