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元ロッテ・植松優友が激白「現役を諦めた理由(ワケ)」

[ヴィーナス01月05日号]

元ロッテ・植松優友が激白「現役を諦めた理由(ワケ)」

 金光大阪高時代に“中田翔を倒した男”として注目を集め、今季プロ8年目にしてようやく初登板を果たした植松優友。「まだやれる」という声も聞こえる中で現役引退という決断を下した、その胸中とは――。

――8年目とはいえ、まだ25歳。トライアウトを受けるという選択肢は?

植松 最初はホンマに五分五分で、「受けよう」と決めたタイミングも一度はあったんです。でも、冷静に現実を見渡したら、最終的には「やっぱり厳しいな」っていう判断のほうが勝ってしまったんです。

――夢は追いかけるよりも、ひと区切りをつけようと?

植松 夢は8年間も追いかけさせてもらいましたから。それに僕の家は、母一人、子一人。母親にはこれまで迷惑をかけっぱなしだったんで、一度立ち止まって将来を考えたいと思って。悩んでいるときに周りから「(持ち球にナックルがあるんだから)アメリカ行ったらどうや?」って言われたときは、それを考えただけで、めっちゃワクワクもしたんですけどね。

――“区切り”の儀式としてトライアウトを受ける選手もいます。

植松 それを否定するつもりはまったくないですけど、僕の中でのトライアウトは、あくまで上に向かっていくための場所。思い出作りみたいなことになるのだけは嫌だったんです。

――プロで活躍するのに足りなかったものは、ご自身では何だと思いますか?

植松 昔から体は強かったし、自分ではここ一番の試合になると力以上のものを出せるタイプだとも思うんですけど、どうしてもオーバーワークになってしまって、結果、怪我をするというパターンが多かった。いい意味での“抜き方”をもっと覚えられたらよかったなっていうのは正直ありますね。

――肩を手術した影響というのもありますか?

植松 それもあります。MAX148キロを出した2年目と比べたら、球速も10キロ以上落ちていたし、まっすぐでファールが取れなくなってるっていう感覚も年々強くなっていた。もし140キロ後半の球速が今も出せていたら、トライアウトも絶対に受けていたと思いますしね。

――現役生活を振り返って後悔はありませんか?

植松 後悔はそこまでないですけど、やり切った感もないですね(苦笑)。プロに入ったときから、1軍で活躍してナンボっていう思いはずっとありましたし、僕自身は何の役にも立てていないですから。唯一、未練があるとしたら、手応えをつかみ始めていたナックルを、1軍の試合で試しきれなかったってことぐらいですね。

植松優友 うえまつ・まさとも
1989年、大阪府生まれ。金光大阪高校時代は、球威のある直球とスライダーを武器に頭角を現し、高3夏には甲子園にも出場。“中田キラー”として脚光を浴びた。今季は8年目にしてプロ初登板を果たすも、戦力外に。

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