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江本孟紀に馳浩、政治家に転身したアスリートたちの明暗

江本孟紀に馳浩、政治家に転身したアスリートたちの明暗

 夏の参院選に向けて、元スポーツ選手の有名タレントたちが候補として取り沙汰されている。引退したばかりの元女子サッカー日本代表の澤穂希(37)が有力視されていたが、先日、無残な姿を見せたなでしこJAPANの強化に協力するらしく、出馬要請を断った。他には巨人前監督の原辰徳(57)が噂されているが、賭博問題が再燃していることもあり、その行方が注目されている。

 スポーツ選手から政治家へという流れは多いのだが、その草分けとなったのは、1924年(大正13年)開催のパリオリンピックで陸上競技代表だった岡崎勝男(満68歳没)で、外交官として外務省で務めたあと、1949年の衆院選に民主自由党から出馬して初当選。1950年の第3次吉田内閣では内閣官房長官として入閣している。

 その後もオリンピック選手の政治家転身は数多い。東京大会とメキシコ大会でサッカー日本代表として出場し、メキシコ大会ではアジア人初の得点王に輝いた釜本邦茂(71)。モントリオール大会のクレー射撃に出場した、現在の安倍政権の副総理、財務大臣の麻生太郎(75)。ロサンゼルス大会のレスリングに出場して、プロレスラーとしても活躍していた、文部科学大臣の馳浩(54)。サラエボ、カルガリー、アルベールビル、リレハンメルの冬季大会でスピードスケート、ソウル、バルセロナ、アトランタの夏季大会で自転車競技に出場した橋本聖子(51)。アルベールビル、リレハンメル、長野、ソルトレイクシティ大会のノルディック複合に出場した荻原健司(46)。バルセロナ、アトランタ、シドニー、アテネ、北京大会の女子柔道に出場して、2度の金メダル、2度の銀メダル、1度の銅メダルを獲得した、生活の党副代表兼参議院幹事長の谷亮子(40)と続いている。

 プロ野球界から初めて国会議員になったのは、東急フライヤーズなどで活躍し、1946年には30勝で最多勝を獲得した投手、白木義一郎(満84没)で、1952年に引退後、1956年の参院選の大阪地方区で出馬以降、連続4回当選している。その後、1970年代に阪神などで活躍し、著書『プロ野球を10倍楽しく見る方法』が200万部を超えるベストセラーになった江本孟紀(68)は、1992年の参院選でスポーツ平和党から出馬して初当選。その後、自由の会、フロムファイブ、民政党、民主党と離党・入党を繰り返し、2004年には自身最後の政治活動として表明して、大阪府知事選に出馬したが、現職知事だった太田房江(64)に完敗した。1990年代の近鉄で「いてまえ打線」の一人として活躍し、巨人の4番打者も務めた、石井浩郎(51)は2010年夏の参院選に出馬して初当選。教育・文化・スポーツ関係団体委員会委員長を経て、現在は参議院文教科学委員長を務めている。

 また、前述の馳浩以外にも多くの政治家を輩出しているのがプロレス界だ。初めてのプロレス出身の国会議員は、燃える闘魂、アントニオ猪木(73)で、1989年にスポーツ平和党を結成して参院選に出馬。「国会に卍固め、消費税に延髄斬り」のキャッチコピーで99万票を集めて初当選した。現在、2015年1月に設立した政治団体「日本を元気にする会」に参加し、最高顧問に就任している。邪道プロレスとして、ノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチで活躍した、大仁田厚(58)は2001年の参院選に「小泉チルドレン」として出馬して初当選。2007年の参院選にも出馬予定だったが、キャバクラ嬢などを自宅マンションに招いて乱痴気騒ぎを起こしたことを、週刊誌に報じられたり、他党の候補の応援演説をしたことで自民党を除名され、政界から引退した。女子プロレスの壁を越え、ミスタープロレスこと天龍源一郎(66)とも戦った、神取忍(51)は2004年に自民党から参院選に出馬して、次点で落選したものの、その後の繰り上げ補充で議員に就任している。

 知名度という点では芸能人に次いで高いため、元スポーツ選手は選挙対策として、出馬要請を受けることが多い。今夏には参議院議員選挙が予定されており、やはり多くの元スポーツ選手の出馬が予想されるが、過去の栄光に負けぬよう政治に取り組んでほしいものだ。

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