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亀梨和也も!?「かつて甲子園を目指した」元高校球児タレントたち

亀梨和也も!?「かつて甲子園を目指した」元高校球児タレントたち

 現在放送中のテレビドラマ『怪盗 山猫』(日本テレビ系)で、天才怪盗を演じている亀梨和也(30)が「これまで見せたことがなかった魅力を発揮している」とドラマファンの間で評判だ。

 現在は歌手や俳優として活躍している亀梨。しかし、実はジャニーズ事務所に入っていなければ、高校野球で活躍していたかもしれない、才能あふれる選手だったのをご存知だろうか。中学生のときに名門硬式野球チーム「江戸川東リ卜ルシニア」に入団。足を生かしたバッティングで出塁率が高く、1年生でレギュラーに抜擢されたほど。中学1年生の11月にジャニーズのオーディションを受け、最終選考の30人に残ったことから、野球をあきらめたそうだが、チームコーチから「辞めないで欲しい」と切望されていたらしい。芸能界には野球好きが多いが、本気で取り組んでいた芸能人もいて、亀梨は甲子園を目指すことはなかったが、なかには甲子園の土を踏んだことがある元高校球児もいるのだ。

 お笑いトリオ・ジャングルポケットの大ボケ担当、斉藤慎二(33)は幼稚園から野球一筋で、 千葉県の八千代松陰高等学校の野球部に入部。1998年夏の大会に野球部が初出場したときは1年生だった。残念ながら本人は試合に出ることはなく、チームも初戦で敗退してしまった。

 この時の相手チームが大阪のPL学園で、エース投手だったのが、日本テレビの上重聡アナウンサー(35)だ。上重は小学2年生の時に野球を始め、小・中学ともに全国大会優勝を経験している。PL学園に入ると、1998年春のセンバツ大会に出場。雨で1日順延となった準決勝では、エース投手、松坂大輔(35)を擁する横浜高校と対決。連投の松坂に対し、上重は8回から2番手投手として登板。2-0とリードしていたのだが、同点にされたうえに、スクイズを決められ勝ち越しを許してしまい敗退。同年夏の大会では、準々決勝で再び横浜高校と対戦。上重は7回から登板して11回を投げた末、完投した松坂の前に延長17回で敗退してしまった。

 ロングブレスダイエットで注目を浴びた、歌手で俳優の美木良介(58)は、岡山県の岡山東商業の三塁手として、1974年春のセンバツ大会と、翌年夏の大会に出場。春は1回戦で銚子商業に敗退。夏は1回戦で日南高校に敗退している。法政大学の野球部でも江川卓の2年後輩として将来を嘱望されて、プロからの誘いもあったが、ヒジの故障のため断念。レコード会社のオーディションに合格すると、1981年1月に『涙きれいだね』で歌手デビューした。

 演歌歌手の山本譲二(66)は1980年リリースの『みちのくひとり旅』が大ヒットした頃から、元高校球児としてお馴染みだ。山口県の早鞆高等学校の3年生のとき、1967年夏の大会に出場。1回戦で長野県の松商学園と対戦して、代打出場として内野安打を放ったが、初戦敗退してしまった。演歌歌手として活躍していても、野球への情熱は冷めることなく、2012年春のセンバツ大会に母校の出場が決まると、寄付金を募り、応援団長を買って出たらしい。

 予選で敗退してしまったが、野球強豪校に在籍していた元球児もいる。お笑いコンビ・ココリコの遠藤章造(44)は香川県の寒川高校で投手として活躍。県内予選では尽誠学園のエースで、のちにロッテやヤンキースで活躍する、伊良部秀輝(満42没)と投げ合ったこともある。俳優で歌手の上地雄輔(36)は横浜高校で、1年後輩が松坂大輔。お笑いタレントの島田洋七(66)は広島の広陵高校、芸人で画家のジミー大西(52)は大阪の大阪商業大学堺高校に在籍していた。

 春のセンバツ高校野球大会の組み合わせが決まり、いよいよ球春到来。もしかして、今年もグラウンドで活躍した選手から、芸能人が誕生するかもしれない!?

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