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歌手ダイアモンド☆ユカイ「本質は変わらないから、形にこだわる必要はない」~どん底から這い上がる人間力

[週刊大衆2016年04月04日号]

歌手ダイアモンド☆ユカイ「本質は変わらないから、形にこだわる必要はない」~どん底から這い上がる人間力

 まあ、今振り返れば、若気の至りだったんでしょうけど、若い頃は、世の中に対する反発心が、ふつふつ煮えたぎっちゃっていたんですよ。いい高校、いい大学、いい会社に入って、人生一丁あがりみたいなのが、大嫌いだった。本当は、俺はそんなことしたくないのに、そのレールからはみ出すと、白い目を向けられる。その葛藤を、爆発させることができたのが、ロックだったんです。

 当時は、ロックってバイ菌のような存在でね。歌謡曲の全盛時代だったから、音楽番組に出ても、煙たがられて、席は端っこに追いやられていた。そういうのに、また反発心を募らせて、“歌謡曲をぶっ潰してやる”ってテレビで言っていましたからね。当時はもう好き放題でした。『RED WARRIORS』って4人グループだったんですけど、スタッフとかもみんな『RED WARRIORS』化していくんですよ。地方でのライブ終わりに、一人遅れてホテルに帰ると、爆竹が鳴っている。中に入ると、ドンチャン騒ぎで、いい大人が裸で走り回っているんですよ。大ベテランの照明さん、彼は普段、大人しくて、信頼できる人だったんですけど、彼が廊下にビール瓶並べて、ボーリングしていた。“あっこれはもうダメだな”ってさすがに思いましたね。最初は、先頭に立って、そういうことやっていたのに、最後はスタッフに説教していましたから。

 みんな、ギラギラして、ライブ終わったあとも、24時間ロックンロールだったんでしょうね。当時は、ロックバンドで成功するなんて夢のまた夢だったけど、いざ、武道館でライブをやって、その夢を叶えると、楽しいっていうより、むなしかった。必死にもがいていた。夢を叶えたはずなのに、なんでこんな苦しいんだって。それで、バンドを3年で解散しちゃった。バンドを解散しても、つけ上がったのは変わらなかったですね。鳴り物入りでソロデビューして、10年ぐらいはいい気のまま。元アイドルの子とも結婚して、色々浮名も流したけど、徐々に人気は下がっていたんでしょうね。やりたい放題やっていて、それに気がつかなかったんです。

 それで、40歳になって、初めて気がついたんですよ。元嫁はいなくなり、バンドも解散、マネージャーもいなくなっていたことに。離婚して、今まで住んでいたマンションから小さめのマンションに引っ越したんです。その時に“あれ、俺ってもしかして一人ぼっち? この先、どうすればいいんだろう”って。もうどん底ですよ。好きだったロックも聴けなくて、ベートーベンの『悲愴』の第二楽章を聴いていた。暗い気持ちなら徹底的に暗くなっちゃおうって、部屋の明かりを消して、ろうそく立ててさ、『悲愴』を聴く。そうしていると落ち着いた。

 その時に、どうせ誰もいないなら自分でやればいいんだって吹っ切れたんですかね。自分でいろんな知り合いに電話したら、意外と営業の依頼がきたんですよ。それから、保育園の謝恩会とかでも歌ったりして、食いつないでいると、役者をやらないかという話がきたんです。40過ぎたら、人間の味も出ているだろうって勝手に思い込んで、役者やる気満々で現場にいったら、『踊るさんま御殿!!』だった。それで楽屋で口論になったんだけど、ひとつの役だと思ってやってくださいって言われて、出てみたら、おもしろがられてね。それから、バラエティに呼ばれるようになったんです。

 その時に気がついたんですよ。例えば、コップの中に水があるとして、知らないうちに、その水の色を透明にすることばかりを考えていた。バラエティに出るようになって、そっか、水は水だよなって。入れる容器が変われば、水って形が変わるじゃないですか。それをおもしろがってくれて、ああ、そういうやり方もあるんだって気がついた。ダイアモンド☆ユカイっていう本質は変わらないのだから、形にこだわる必要はないなって。

 自分はこうだって思い込んで、これしかやらないよって思っていたら、そのまま小さくなっていってしまう。だから、自分がやりたいことだけではなくて、“これ、ユカイがやったらいいんじゃない”って周りがいうことにも挑戦するようになったんです。そういう意味で、第3作目のカバーアルバム『RespectIII』もスタッフが、選んでくれた曲もけっこう入っています。自分の好き放題やってきたけど、最近は、自分のことが、一番見えないんだなって思います。だから、まだまだダイアモンド☆ユカイの途中。

撮影/弦巻 勝


ダイアモンド☆ユカイ
1962年3月12日、東京都生まれ。B型。86年10月、ロックバンド『RED WARRIORS』のボーカルとしてデビュー。88年には、武道館、西武球場でライブを行うなど瞬く間にスターダムに駆け上がるが、翌年にバンド解散。ソロデビュー後も順調な活躍を見せるが、01年の離婚を機に、テレビの世界へ。一躍お茶の間の人気者に。今年10月には、帝国劇場で行われるミュージカル『ミス・サイゴン』にエンジニア役として出演するなど、マルチな活躍を見せる。

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