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伝説のホームラン厳選20発表 vol.4

[増刊大衆8月27日号]

落合博満(59)
510本(歴代6位)
ロッテ他●1979~1998年

日本プロ野球史上、3度も三冠王に輝いたのは、落合博満ただ一人である。
グリップエンドをヘソのあたりに置き、バットを直立させる独特のフォーム(神主打法)で左右に打ち分けてホームランを量産した。

落合がほかの打者と比べて特徴的だったのは、2ストライクに追い込まれてからの打率が高いこと。
三冠王に輝いた85年の打率は3割6分7厘だが、2ストライクに追い込まれてからの打率は、それを超える3割7分4厘である。
通常、2ストライク後の打率が1割台であることを考えれば、驚異的な数字だ。
落合は「追い込ませて打つ」という、いままでにないタイプの打者だったのだ。
まさに"オレ流"である。

82年、初めて三冠王になったとき、32本の本塁打を打っているが、そのうち20本が右翼席へのものだった。
通常、右打者の打球が右翼席方向に飛んで行くのはアウトコースの球を流し打ったとき。
したがって落合は「アウトコースを得意とする打者」と認識されていた。

だが、落合自身は、インコースの球を右方向に打つ技術にたけており、アウトコースに苦手意識を持っていた。
それを知らない対戦相手がインコース中心に攻めて来ることを、落合は内心、歓迎していた。

彼が放った本塁打の中で、最も劇的だったのは、中日時代の89年8月12日の巨人戦。
巨人の先発・斎藤雅樹は9回一死までノーヒットノーランの快投を続け、スコアは0-3。
ここから中日が反撃に転じる。
まず1点返してランナーを溜めたところで、落合が3ランを放って大逆転。
さらに巨人在籍時の94年、巨人と中日が同率で首位を争った10・8決戦では、試合の流れを作る先制弾を放った。

また落合は、節目となる通算500本安打、1000本安打、1500本安打、2000本安打のすべてをホームランで飾っている。
中日時代、練習の終わりに「あと10本、ホームランを打ったら帰る」と宣言し、11回スイングして10本の本塁打を放ったという伝説を持つ男だけに、「(節目のホームランは)狙って打ったもの」と思われる。

9月20日公開のvol.5に続く・・・。

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