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伝説のホームラン厳選20発表 vol.3

[増刊大衆8月27日号]

田淵幸一(66)
474本(歴代12位)
阪神他●1969~1984年

「ブチのホームランは、ものすごくきれいやった。高く上がって、見上げる時間がたっぷりあった」

法大の同級生でもあったライバル・山本浩二が、引退後の雑誌の対談で絶賛したのが田淵幸一のホームラン。
最も飛距離が出るといわれる45度に近い角度で打ち出された球は、常に美しい軌道を描いてスタンドに吸い込まれて行った。

「上げようとして(スイングして)も、ボールは上がらない」と田淵はいう。

球道を見定め、上から叩く感覚で、バットを振るほうが、球に揚力がついて高く遠くに飛びやすくなる。
その感覚が田淵の体に染み込んでいたのだろう。

東京六大学のリーグ通算本塁打22本という新記録を手土産に、巨人を志望した田淵だが、1968年のドラフト会議でライバルの阪神に指名されてしまう。
しかも、事前通告なし。
そんな強行指名は、当時のスポーツ紙でも物議を醸した。

記者会見で流した悔し涙をモチベーションに、プロ入り後の田淵は、打倒・巨人に執念を燃やす。
だが、62年から13年連続、王貞治に独占されていた「セ・リーグ本塁打王」の座に果敢に挑戦し続け、そのたびに厚い壁に跳ね返され続けた。

そんな田淵の「巨人に負けたくない」という一念が作り出したのが「対巨人戦7打数連続本塁打」という、とてつもない記録である。

73年4月26日、後楽園球場の巨人戦で6回、8回、9回に連続アーチを放った田淵は、続く5月9日に行なわれた試合でも死球を挟んで、2回、7回、9回にホームランを連発。
さらに翌10日には初回に本塁打を放って、「同一カード7打数連続本塁打」という金字塔を打ち立てた。
この年、田淵が放った37本の本塁打のうち、実に16本が巨人戦。
田淵の巨人戦に賭ける執念を象徴する数字だ。

とはいえ、この年、王が放ったホームランは51本。

翌74年は45本の本塁打を放つが、やはり49本の王には及ばなかった。

田淵が名実ともに「王超え」を果たしたのは75年。
この年、33本と不調に終わった王を10本上回る43本のホームランで、見事、本塁打王に輝いたのだった。

9月19日公開のvol.4に続く・・・。

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