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伝説のホームラン厳選20発表 vol.1

[増刊大衆8月27日号]

長嶋茂雄は千両役者だった。
大舞台であればあるほど、ここぞという場面で豪快な一発を放ち、観客の心に強烈な印象を残した。

そのことは、数字にも現われている。
たとえば日本シリーズでの本塁打数。
レギュラーシーズンでは2186試合で444本、1試合当たり0・203本の割合でホームランを打ったが、日本シリーズになると68試合で25本、1試合当たり0・367本と激増する。

こうした長嶋のイメージを決定づけたのが天覧試合である。
1959年6月25日、後楽園球場でプロ野球史上初めて、天皇、皇后両陛下ご列席の下で開催された巨人・阪神戦は、白熱のシーソーゲームとなった。

巨人・藤田元司、阪神・小山正明両エースの先発で始まった試合は、凄まじい点の取り合いとなった。

3回に阪神が先制、5回に巨人は長嶋のホームランなどで2-1と逆転。
6回に2-4と再逆転されたが、王貞治のホームラン(ONアベックホームランの第1号)で同点に追いつく。

4-4というタイスコアのまま迎えた9回裏、阪神のリリーフは、ルーキーの村山実。
巨人の先頭打者は長嶋。渾身の力を込めて振り抜いたボールはポールぎりぎりでレフトスタンドに飛び込んだ劇的なサヨナラホームラン。
しかし、微妙な方向だったため、打たれた村山は、死ぬまで「あれはファールやった」といい続けたと伝えられている。

この劇的な試合が戦後の野球人気を決定づけ、長嶋茂雄を国民的スーパースターの地位に押し上げた。

長嶋の本塁打は、三振したときにヘルメットを飛ばすほどの豪快なバットスイングから生み出されたが、それを支えたのが、全裸での素振りだった。チ○チンを股間に挟むように構え、スイングした瞬間、肉棒を投手に向かって突き刺す感覚になるようにバットを振り抜く。
腰の回転を重視した、理にかなった練習法だが、仲間内では、"チンポコ"打法と呼ばれていた。

ちなみに、数々のメモリアルアーチをスタンドに叩き込んだ長嶋だが、「唯一、誕生日アーチがないんだよね」と嘆いていたという。

それもそのはず、長嶋の誕生日はオフシーズンの2月20日。
そりゃ無理だわ!

9月17日公開のvol.2に続く・・・。

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