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長瀬智也と井ノ原快彦もメンバー候補だった…KinKi Kids誕生秘話

長瀬智也と井ノ原快彦もメンバー候補だった…KinKi Kids誕生秘話

 関西出身で、ジャニーズ事務所で初めて関西弁を話すことが許されたのはKinki Kidsだった。彼らは事務所初の男性デュオでもある。血縁関係がないにもかかわらず、堂本剛と堂本光一が同じ姓だったことも、コンビになった一因だ。

 しかし、Kinkiとしてスタートするまでにはひと悶着あった。SMAPのバックダンサーをおよそ2年務めたが、まだJr.の1メンバーにすぎなかった92年「NHK紅白歌合戦」で、SMAPから「KANZAI BOYA(カンサイボーヤ)」と紹介されている。その翌93年4月放送の『キスした?SMAP』(テレビ朝日系)で、「KinKi Kids」という正式名を発表した。

 この「カンサイ」から「キンキ」に至るまでには、ほかにもメンバー候補としてTOKIO・長瀬智也とV6・井ノ原快彦の名前も挙がっており、「ジパング」というグループで歌手デビューするプランもあったとか。結果的にそれは、噂に過ぎなかったわけだが、ジャニー喜多川社長の頭の中では、奈良県の剛、兵庫県の光一以外の関西在住Jr.でKinKiを完成させたかったようだ。だが、めぼしい人員が見つからず、仕方なく2人組に落ち着いたという。「W堂本」と呼ばれた時代もあったKinKiも、ついに結成20周年を迎える。今後、どんな活躍を見せてくれるのかこれからも目が離せない。

長瀬智也と井ノ原快彦もメンバー候補だった…KinKi Kids誕生秘話

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