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兄貴肌・松岡昌宏が「カッコよさに憧れた」意外な人物の名前

[ブリュレ]

兄貴肌・松岡昌宏が「カッコよさに憧れた」意外な人物の名前

 ジャニーズタレントで一番男気ある兄貴といえば、あらゆる後輩たちから「松兄ぃ」と呼ばれるTOKIO・松岡昌宏である。レストランなどで後輩の集団が後からやってくると、コソッと全額を支払っておくなど、その伝説は多い。男を見る目が肥えているあのマツコ・デラックスでさえ、松兄ぃの懐の深さや気遣いにメロメロだ。

 ジャニーズ事務所の先輩や後輩からはもちろん、役者、音楽家、芸能関係や一般人にまで幅広い交友関係があり、長きにわたって愛されている松岡。そんな彼が12歳で芸能界に入り、地元の北海道から上京してきて初めて、「なんてカッコいいんだろう」と思ったタレントとは、ズバリ、同じTOKIOの城島茂だという。

 2人の出会いは、27年ほど前だ。東京・六本木にあったテレビ朝日の第1リハーサル室だった。乱雑に置かれていたパイプ椅子に、松岡ら名もなきジャニーズJr.達が座っていた。その時、松岡より7歳年上の城島が入室してきた。松岡は咄嗟に立ち上がって、「城島さん、お疲れ様です。座ってください」と自分の椅子を差し出した。城島は、知らない子供の気遣いに「ええよ。自分、座り」と遠慮したそうだ。それでも松岡は折れることなく、「いやっ、いいっす」と返した。

「ありがとう」とお礼を言い、その椅子に座った城島は、背負っていたギターをおもむろに取り出して音を奏で始めた。「世の中に、こんなにカッコいい人がいるんだ」と、松岡がホレた瞬間だった。

 このおよそ1年後、音楽経験があり「平家派」としてすでに活動していた城島と山口達也、国分太一に、年少組の松岡と長瀬智也が加わり、TOKIOが結成される。

 当時すでに20歳を過ぎていた山口は、都内の野方駅付近でひとり暮らしをしていた。お金はなく、狭い室内に冷暖房もなかったそうだ。松岡は、そこにしょっちゅう遊びにいって、夏場は首に氷を乗せ、2人で酷暑を凌いでいたという。デビュー後、初めて社用車を用意してもらい、初めてマネジャーが付いた時には、皆心の底から喜んだ。デビューから26年、いまや盤石の地位を築いたTOKIOも、やっぱり若い頃は苦労していたのだ。

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