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プロ野球懐かしの助っ人外国人選手9人「豪打剛腕」伝説 vol.8

[週刊大衆5月20日号]

チャーリー・マニエル
ヤクルト'76~'78、近鉄'79~'80、ヤクルト'81/試621 安644 本189 率・303

79年6月9日、首位を独走する近鉄に激震が走った。ロッテ・八木沢荘六の投げた速球が、主砲のチャーリー・マニエルの顔面を直撃。もんどり打って倒れたマニエルの顎は、完全に粉砕されてしまったのだ。
故意か偶然か、真相はいまだ不明だが、マニエルはロッテベンチから「ぶつけてしまえ」という声が聞こえた、と主張している。

主砲の離脱で、チームの調子は急降下。近鉄の初優勝にも暗雲が垂れ込めてきた。当時の西本幸雄監督は「マニエルおじさんが残してくれた貯金を使い果たしてしまうんじゃないかと心配した」と述懐している。

監督、そしてチームの期待を感じたマニエルは、日本国内で顎の手術を受け、わずか14試合の欠場で戦線に復帰する。
この際、球団は、顎への防御用のフェイスマスクをつけた特殊なヘルメットを用意し、着用させた。

結果的に「マニエルおじさんの貯金」が効いて、79年の近鉄は前期最終戦で優勝(当時は前後期制)を果たし、さらにプレーオフも制して、初のリーグ優勝に輝いた。マニエルは37本塁打でMVPを獲得する。
実は、その前年の78年、マニエルはヤクルトの主砲として、チームのリーグ初優勝、そして日本一に貢献している。また、翌80年にも大暴れし、近鉄の連覇の原動力となっている。

両リーグの下位球団を、相次いで優勝に導いたという意味で、彼を超える助っ人外国人は、いまだに現われていない。

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