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首都の象徴・東京駅は「買い手がつかないほど」の荒地だった!?

[週刊大衆2016年06月13日号]

首都の象徴・東京駅は「買い手がつかないほど」の荒地だった!?

 東京駅が開業したのは、大正3年(1914)でした。当時、駅の出入り口は丸の内側のみ。八重洲口ができるのは15年もあとのことです。現在の丸の内は近代的なビルが立ち並ぶオフィス街ですが、駅ができた頃の風景は、今とはまるで違っていました。周囲はビルどころか旅館や飲食店もない、草ぼうぼうの荒れ地だったそうです。

 江戸時代の丸の内は武家地で、いくつもの大名屋敷が建てられていました。しかし維新後、大名たちは帰国し、空き家になった屋敷は火事で焼失。焼け跡はそのまま放置され、昼間でも追い剥ぎが出るといわれる場所になっていたのです。明治の終わり頃、政府は丸の内の土地を売却しようと買い手を探しました。ところが、欲しいと手を挙げた企業や人は皆無。誰からも無用で役立たずの土地と思われていたのでしょう。結局、政府は三菱社(三菱財閥の前身)に半ば強制的に丸の内を買い取らせています。

 三菱にしても、丸の内がやがて東京の中心地になるとは考えてなかったようです。当主・岩崎弥之助は関係者に「あんな土地を買うなんて、金をドブに捨てるようなものだ」と言われ、なんと答えた?

答えはココを押す! 答え:「竹を植えて虎でも飼うか」

出題:浜川卓也

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