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国民栄誉賞W受賞 長嶋茂雄と松井秀喜「血と涙の20年師弟愛」 vol.2

[週刊大衆4月29日号]

「1000日計画」の青写真どおり、松井は95年8月25日の阪神戦で巨人62代目の4番打者になった。

巨人打線の主軸として、長嶋監督の2度の日本一に貢献した松井だったが、「01年のシーズンを最後に長嶋監督が巨人のユニフォームを脱いだとき、いつものようにドームの一塁側ブルペンで素振りをしていた松井が、涙をポロポロ流していた姿がいまも忘れられません」(前出・ベテラン記者)

02年オフ、松井はFA権を行使してニューヨーク・ヤンキースと3年契約を結び、晴れてメジャーリーガーになった。メジャー挑戦を表明した会見で「裏切り者といわれるかもしれませんが……」といって苦渋の表情を浮かべた松井だが、そんな彼の背中を押してくれたのも長嶋監督だ。
「立場上、大っぴらにはいえなかったでしょうが、もともとミスターはメジャー大好き人間。若い頃にチャンスがあれば、メジャーに挑戦していたはずです。手塩にかけた松井が本場で暴れ回る姿を見てみたい気持ちも当然、あったでしょう」(前出・球団関係者)

渡米後も松井の試合を欠かさずチェックしていたミスターは、国際電話を使って愛弟子にアドバイスすることもしばしばだった。
「あるときなどは、国際電話に出た松井にその場で素振りをさせ、受話器を通して聞こえてくる"音"で、バッティングの状態をチェックしたそうです」(ベテラン記者)

そして09年、松井はヤンキースでワールドシリーズMVPという最高の栄誉に輝いた。だが、その後はヒザの痛みに悩まされ続けて、昨年12月の引退に至る。
「長嶋さんは、松井のヒザがもうもたないことを薄々感じていたと思います。昨年、所属球団の決まらない松井について"ヒザの調子はいいよ"と近しい記者たちにいっていましたが、これは松井を気遣っての発言。その言葉を信じて引退はまだだと思っていましたが……長嶋さんに見事に騙されました」(前同)

松井は引退会見で、「20年間で最も印象に残っている場面は?」と聞かれ、こう答えている。
「いろいろありますが……やはり、長嶋監督と2人で素振りした時間ですかね」

一方、長嶋氏も、「これまでは、あえて称賛することを控えてきたつもりだが、ユニフォームを脱いだいまは"現代で最高のホームランバッターだった"という言葉を贈りたい」

名人は達人を知る、といううべきか。師弟の旅は、いまも続いている。

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