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国民栄誉賞W受賞 長嶋茂雄と松井秀喜「血と涙の20年師弟愛」 vol.1

[週刊大衆4月29日号]

今月2日、史上初めて、師弟同時の国民栄誉賞受賞が決まった長嶋茂雄氏(77)と松井秀喜氏(38)。
「5月5日、東京ドームの巨人-広島戦の試合前に、国民栄誉賞の授賞式を兼ねた松井氏の引退セレモニーが行なわれる予定です。始球式で松井氏が投げ、長嶋さんが打席に立つという粋な演出も用意されてるらしい。チケットは即、完売。大変なお祭り騒ぎになりそうです」(球団関係者)

"ミスタープロ野球"の長嶋氏の受賞については「当然だ」「むしろ遅すぎる」とする声が圧倒的だが、松井氏については、一部に「時期尚早」と指摘する声もあるようだ。
だが、2人の深い"絆"を知れば、今回の同時受賞は偶然ではなく、必然だったことがわかるはずだ。

甲子園のスーパースターだった石川・星稜高校の松井が運命のドラフトを迎えた92年秋、奇しくも、長嶋氏が12年ぶりに巨人の監督に復帰。阪神入団を熱望していた松井をドラフトで指名する決断を下したのは、ほかならぬ長嶋監督だった。
「当初、巨人は1位指名は投手の伊藤智仁で行く方針だったんです。しかし、長嶋監督が"松井を1位指名しないでどうする"と主張したことで、松井の1位が確定。4球団が競合したくじ引きで、監督が見事に当たりくじを引き当てたんです」(前同)

ドラフト直後に電話で会話はしていたが、2人が実際に顔を合わせたのは12月24日のことだった。元報知新聞記者で、松井入団当時の巨人軍キャップだったスポーツジャーナリストの鷲田康氏がいう。
「翌25日が入団日だったんですが、報知の仕切りで、24日に監督と松井を都内で会わせたんです。学生服姿の松井が来ると長嶋さんは開口一番、"いや?、いい体してるね?。アメフトの選手みたいだ"。松井はずっと緊張した面持ちでした。記念撮影のときに背広に着替えてもらったんですが、松井はネクタイの締め方がよくわからないみたいで。それくらい初々しい好青年でしたね」

松井を巨人の4番、ひいては球界の4番に育てたい――そう決意した長嶋監督が打ち出したのが「4番1000日計画」だった。
松井をサードから外野にコンバートした長嶋監督は、「日本のジョー・ディマジオをめざせ!」と激励した。いうまでもなく、ディマジオはヤンキースのセンターを守り、打っては56試合連続安打の大リーグ記録を作ったスラッガー。松井の野球人としての才能を誰よりも高く評価していた長嶋監督だけに、その育成方法は厳しかった。
「長嶋監督は松井を、誰もが認める巨人の4番に育てたかった。だからこそ、監督は"3年間は4番を打たせない"と、ことあるごとにいっていました。この3年間という部分を取り上げて、報知新聞が"1000日計画"と書いたことで、この言葉が有名になりました」(前出・鷲田氏)

「1000日計画」の柱になったのは、長嶋監督がマンツーマンでチェックするバットの素振り。
「東京ドームでは、試合前に監督室やミーティングルームで素振り。試合終了後は一塁側のブルペンで素振り。松井は、いつも午後11時過ぎまでやってました。もちろん、ミスターもつきっきりです」(スポーツ紙ベテラン記者)

遠征先のホテルで素振りをすることもあれば、田園調布の長嶋邸に呼ばれて素振りをすることもあった。
「長嶋邸の地下にある8畳ほどの洋室は現役時代、ミスターが素振りを繰り返していた"聖地"なんです。そこで松井に素振りをさせながら、ミスターがチェックしていたのは打撃フォームではなく、バットが風を切る音。ミスターは風切り音で調子の良し悪しがわかるんですよ」(前同)

"練習は人前でするものではない"という美学を持つミスターは天才肌のプレーヤーに見えるが、その実、努力の人でもあった。松井に伝授した素振りも、長嶋が現役時代に実践していた方法そのものだった。現役時代のミスターをよく知る、野球評論家の黒江透修氏がいう。
「ミスターは試合から戻ってくると、宿舎でよく素振りをしていたものです。同室の土井(正三)や、僕にも手伝わせてね。川上(哲治)監督が風呂と食事を終えて部屋に戻ってきても、まだ素振りを続けているので"オイ、いい加減にせんか!"と怒鳴られたこともあった(笑)。長嶋さんは素振りを繰り返すことで掴んだ打撃の極意を、同じ経験をさせることで松井に伝えようとしたんだと思います」

4月23日公開のvol.2に続く・・・。

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