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「生きる放送事故」平野レミは、若い頃から“ものスゴかった”!

「生きる放送事故」平野レミは、若い頃から“ものスゴかった”!

 女優の上野樹里(30)が、ロックバンド「トライセラトップス」ボーカルの和田唱(40)と結婚した。上野の結婚相手である和田唱は知る人ぞ知る有名人一家の長男。父は、たばこ「ハイライト」のデザインや雑誌『週刊文春』(文藝春秋)の表紙、SF小説家の星新一作品などの挿画で知られる大御所イラストレーターの和田誠(80)。そして母は、出演する料理番組での破天荒ぶりが昨今話題の「生きる放送事故」こと平野レミ(69)である。個性派女優が超個性派料理愛好家の義理の娘になるとあって、いったいどんな嫁姑関係になるのだろうと世間は興味深々だが、さてその平野レミとはいったいどのような人物なのか、その経歴をみてみよう。

 レミはもともと歌手で、学生だった頃に父の仲介で日本オペラ界の重鎮だった佐藤美子のもとで歌を習い、銀座のシャンソン喫茶「日航ミュージックサロン」でデビュー。その後、コロムビアからレコードデビューもしたが、歌わされたのは歌謡曲ばかりだったため嫌になり、歌手の活動からは距離を置くようになった。しかし1970年、TBSラジオのディレクターから突然声がかかり、俳優の愛川欽也(満80没)とアナウンサーの見城美枝子(70)がパーソナリティーを務める『キンキン・ケンケンのそれ行け!歌謡曲』にレギュラー出演することに。平野本人の話によれば、TBSのディレクターは辺見マリ(65)にオファーをしたつもりが、間違えて平野にオファーしてしまい、結局、手違いで番組にキャスティングされたのだとか。ともあれ、番組中の公開放送コーナー『ミュージックキャラバン』でアナウンサーの久米宏(71)と組み人気者となった。このときラジオで平野の声を一声聴いたとたんに恋に落ちてしまったのが、夫の和田誠である。

 和田は、マージャン友達である久米に平野を紹介してくれるよう依頼。しかし久米には「あんな出っ歯はしょうがないですよ、あんな女は絶対紹介できませんよ!」と何度も断られてしまう。平野はすでにこの当時から相当にブッ飛んでいたようで、久米が紹介を断ったのも、こんな女を紹介したら和田さんに一生恨まれてしまう、と思ったからだという。

 和田は仕方なくTBSディレクターに紹介を頼んだところ、こちらでも「紹介してもいいけど、責任は持ちませんよ!」と言われてしまう。なんとか食い下がり、平野と食事をすることになったのだが、なんとこの初めての出会いからわずか一週間で結婚してしまったというのだからすごい。あまりの電撃的な結婚に平野本人も自覚がなかったらしく、結婚後のある日、朝起きたら知らないオジサンが横で寝ていてビックリして、よく考えたら自分はこの人と結婚していたんだ、と気が付いたこともあるそうだ。

 そんな周囲もドン引きしてしまうほどの個性派だった平野だが、料理番組に出演するようになったのは80年代になってから。和田の友人たちの間では平野の腕前はよく知られていたため、そこから料理雑誌にエッセイを書くようになり、そこから『きょうの料理』(NHK総合)に出演することになったのだ。最初に披露した料理は薄切り牛肉とトマトの炒め物で、トマトを手で握りつぶすという、いかにも平野らしい調理の仕方に視聴者からクレームが殺到したという。この事件では番組プロデューサーから厳しく注意されたものの、個性的な料理方法が視聴者にウケ、結局、番組は平野スタイルで続行となった。

 昨今「生きる放送事故」としていきなり注目され始めた感のある平野だが、実は30年前から『きょうの料理』視聴者にとって、その暴走っぷりはおなじみだった。むしろ昔に比べ今のほうが大人しくなった、という話もチラホラ。平野と親交がありファンで知られる清水ミチコ(56)は、すでに20年ほど前に『きょうの料理』に触れて、今テレビに出ている人で一番面白いのは平野レミ、と断言している。昨今の平野人気はごく一部の視聴者の間でひっそり愛されてきたものが、今になってSNSで拡散し、日の目を見た形だ。清水をはじめ、古参の平野ファンにとっては喜ばしい限りだろう。これからも末永く放送上で暴れてもらいたいものだ。

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